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Pekteno_hk0804
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レーシリス共和国連邦の歴史

前回、レーシリスの大まかな概要を試しに書いたので今回から細かい設定をつけていこうと思います。
次回は街とか政治関係になるかも


古代

レーシリスの歴史は2000年以上に及び、現在のレーシリス人の祖先にあたるエルム族の南コルデニア再(?)定住から始まる。

現在のレーシリスにあたる地域はおよそ5000年前からサムハド族が生活を続け、
ウェドリステ歴(wdr.)30年ごろ、南コルデリア地方の東部に位置するサハデンス地方にサムハドレ王国を築いた。

だが、wdr.200年ごろ、勢力の弱くなったサムハドレ王国に南方からエルム族の侵攻が始まり、サムハドレ王国は滅亡した。

伝説によると、エルム族の始祖アイラスが太陽の上る方向にあるとされる地「リエタム」へと民族を引き連れて、現在のレーシリスに移動したとされる。


中世

エルム族は各地域に散らばり、小規模な国家を作り戦争をした。
これを12王国時代という。

南部に位置していたエルメネス王国が他の国家を統一し、全国家を手中に収めた。

そして、現在のレーシリスの礎となるエルマンス王国[600?~1072]をフィスマ・サーセ・エルメトゥス[wdr.554?~620?]が建国した。

王国は長い間栄え、400年以上続いたがwdr.1000年ごろに現れた遊牧民族国家ファグザード王国の攻撃から始まったヴォレマ戦争の敗北による国家の弱体化、
敗戦後の財政を整えるための増税により農民らが不満を募らせ、アルデルマンテの乱を起こし、エルマンス王国は滅亡。


近代

新たにアルデルマンテの乱のリーダー、オリエ・ドーシャ・サレム[1040?~1104]を王としたレーシリス王国を建国した。

レーシリス王国は大規模な拡大を続け、東部や北部の諸公国を統治し、レーシリスを中心としたレーシリス王国連邦を築いたが、諸公国の公爵はオリエ王が指名した貴族の中から選ばれるもので一国独裁とも呼べる統治であった。

第二代国王スリーゼ・アルフ・サレムは各公国の公爵を半年に一回集め、表面上の議会フェステルスティ(レシェビース語の動詞Fëste[思う]とListine[教える]の造語)を開設。

また、スリーゼ王は海運の確保のための領地拡大政策を行い、国民に重税を課し国民は食料に飢えた。

そして、そのような統治と国民への重税からか第四代国王ハリヤ・アレサルダ・サレム[1207~1246]の統治時代、当時の首都であったオリエスボラーグの市民らが宮殿に乗り込み、王に直談判しようとした事件オリエスボラーグ事件が起こる。

また、wdr.1243年に農民によるオレンチェ―ルスの乱(オレンチェ―ルスは4月の者の意)が勃発した。
1か月の攻防の上、王国軍はこれを鎮圧した。

この乱の以後、スリーゼ王はフェステルスティを廃止し国民を押さえつけるため、独裁政治を行った。

この4か月後、貴族や知識人らが王政を廃止して共和制を勧めようとする思想ヴィーレ思想をレーシリス王国に取り込み、ゲレシェ―ルスの革命(ゲレシェ―ルスは8月の者の意)を始め、スリーゼ王にゲレスの宣言を受諾させた。
これによって王は国王を退位し、レーシリス王国は滅亡した。

レーシリス共和国連邦

これによって、wrd.1244年に革命に参加した貴族や知識人による共和制国家レーシリス共和国が成立。
レーシリス王国時代に統治していた地域を受け継ぎ、各共和国に選挙で元首を決めさせ、現在のレーシリス共和国連邦が誕生した。


これが現在ある歴史の案です。
ここを変えたほうがいいかもとか加えてほしい歴史があったら、どんどん連絡ください!!
ちなみに歴史は中国、ロシアあたりからパクって...参考にしています

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