彼らが儀式のときに発する声だか呪文だか唸りだかよくわからないものは、不気味で冒涜的で、それでいてなにか魅力的でずっと聞いていたくなるような、妙な魅力を携えた代物だった。彼らはカパーエト...なんだったか、そんな名前の神に祈っていた。土に力をだの麦の雨だの、陳腐でよくわからない文言をずっと唱えていた。たくさんの供物を携えて、恍惚とした表情をしたいい年の大人たちが、見えもしない神に向かって祈っていた...
いや、確かに神はそこに存在したのだ。見えず、聞こえず、触れなかったが、私は「視る」ことができた。
その儀式のあった年の収穫の季節、大陸歴9月25日の夕刻に畑に行くと、妙なほどに作物が実っていた。
-「原初の手紙 儀式の章」 名も無き傭兵の体験記の書き起こし
この作品は、第10回人工言語コンペに出展されるものです。
お題
邪神、悪魔、亡霊、悪鬼…この世に存在する邪悪な者たち。
その邪悪な存在と交信し、召喚するのに使われるのはある特別な言語。
さて、それはどんな言語でしょうか?邪悪な存在に関する神話や伝説の体系と、交信や呪文に使われる言語を作り解説してください。
ただし、もし「本物」を召喚してしまった場合は自己責任となりますのでご注意を…
「聖典正ロラト語」は、私たちが言う所謂「悪魔」を崇拝し、それらに畏敬の念を抱くことで宗教的に団結する人々「ロラト人」が、その宗教「ロラト教」に関する文書を記すときに使われる特殊な言語体系です。
彼らはこちらで言う数々の悪魔を神として崇拝しており、それゆえロラト教は多神教となっています。その教義としては、「独占せず、己を傷つけず」が挙げられます。
ロラト人は権威主義的な体制の下で身分制を敷いており、その身分を超えて結婚することは可能ですが、社会的に良くないこととされています。
一方で、彼らは、身分によって与えられるものの上限が決定され、身分による上限と個人の働きによって給料が決定されるという性質を持った社会を形成しており、階級ごとに就ける職業が制限されているとはいえ、「階級によって働き、成果によって受け取る」という報酬体系が確立されています。
そのため、彼らの社会は身分制を敷くものとしてはある程度自由なものであり、身分を超えた結婚・金による身分の売買(売買される身分の中で上の物にある人間3人の正式な許可があれば)・働きに応じた身分の昇格(珍しいことであり、上がれても中流階級まで)が可能です。
基本的に身分は降格されることはなく、高い身分にある者は傲慢な傾向にありますが、中流階級の人々は下級市民に理解を示したりすることは多いです。
奴隷は存在しますが、その待遇は雇い主によってさまざまであり、単に働かせる、夜伽をさせる、奴隷とはいえ家族の一員としてある程度対等に扱うなど、その扱いには雇い主の性格や考え方が色濃く出るといえるでしょう。
そのため、彼らは、教義もあいまって身分を超えた物の分配を是としており、高位の者による物資や資金・食料の独占は宗教上の罪とされています。教義にはありませんが、賄賂もまた罪とされており、それらの罪を働くものが糾弾された場合の刑罰は計り知れないものでしょう...
教義の「己を傷つけず」の部分は、社会や周囲の環境に強制されて行われる自殺や自傷行為を制止し、そのようなことがあってはならないという旨のものだとされています。行為を行う人を批判するのではなく、そのような人を生んでしまう社会や環境は作られるべきではないと説いているのです。
ロラト人は大陸歴*の月に応じて宗教的な儀式を執り行うことがあり、それは悪魔的な力を道具に宿らせたりしてアーティファクトを製作する、もしくは自らの体の不完全な部分や傷に力を注入することによってそれを完全なものにし、若しくは傷を治癒することを目的としたものであるといわれています。
無病息災を願い、病気やケガの治癒を神に願う旨の呪文は広く大衆に浸透しており、初等学校で設定された「宗教」の時間に暗記するものと定められています。
そのため、聖典正ロラト語を詳細に解読できることが出来る人は極端に少ないですが、聖典や祈りの言葉、召喚の呪文の俗ロラト語訳や原語版を暗記している人は多いです。
*大陸歴...文献「原初の手紙」において神が人に司祭を作るよう教えた日を大陸歴0年1月1日とする。一年は364日で、13か月で構成されており、
一か月は28日。
月の別名は以下の通り。
1月:氷の月
2月:雪の月
3月:花の月
4月:風の月
5月:苗の月
6月:雨の月
7月:陽の月
8月:炎の月
9月:実の月
10月:収穫の月
11月:雲の月
12月:霧の月
13月:星の月
ロラト人は総人口が428.7万人ほどといわれており、その中で聖書を解読することができる人々は17万人ほど。ロラト人の識字率は5%程とされているので、ロラト人の中で文字を読むことができるのは21万人強ということになります。つまり、ロラト人の中で聖典が読めるのは、文字が読める人の約8割というわけです。
日常会話では「俗ロラト語」が、公的な場では「正ロラト語」が使用されていますが、政治家や高位聖職者などでなければ基本文字は読めないので、特に俗ロラト語はほとんど文字におこされません。
さて、そんなロラト人が聖典を記すときに使う言語「聖典正ロラト語」とは、どんな言語なのでしょう?
聖典正書ロラト語は、西ロラト語族古ロラト語派に属する言語「古代ロラト語」の派生語といわれており、語順がVOSの言語です。
助詞・助動詞は主語の後に、否定の意味を持つ接尾辞"n-"は動詞や助詞・助動詞の前に置くという特徴があります。
また、宗教的な物事以外には冠詞が存在しません。
たとえば、「彼は私を行かせなかった」とこの言語で言いたければ、"atGes et doz n-fet"と言えばよいのです。
子音は34個、母音は5個存在しており、長母音・短母音は区別されます。
また、大文字を用いて記される「特殊発音」というものが存在し、これらは聖典正ロラト語に特に多くみられる特徴です。
例 "m" -> /m/ , "M" -> /ɱ/
端的に言えば、この言語においては、大文字・小文字は発音によって区別されるのです。
ロラト語 音素一覧
母音
/aː/ /eː/ /iː/ /oː/ /uː/
/a/ /e/ /i/ /o/ /u/
子音
/s/ /z/ /t/ /d/ /k/ /ɡ/ /f/ /ⱱ/ /x/ /kʷ/ /p/ /b/ /n/ /h/ /r/ /m/ /w/
特殊発音
/ʃ/ /d͡ʑ/ /t͡ɬ/ /ɗ/ /q/ /ŋ/ /ɸ/ /ⱱ̟ / /q͜χ/ /k!/ /p̪/ /ʙ/ /ɳ/ /χ/ /ʁ/
/ɱ/ /ʍ/
子音連続
/t͡ʃ/ /d͡ʒ/ /ð/ /ɲ/ /ç/ /θ/ /dʷ/ /t͡s/ /d͡z/
聖典正ロラト語(正ロラト語も俗ロラト語もそうだが)は、多数の接辞によって一部の格や動詞の活用などが表される言語です。
たとえば名詞の後について複数形を表す[-k,-ek]、動詞に付いてそれを過去形にする[S-]などがあります。
活用一覧(アルファベット順)
-an ~人
b- 動詞に付いてそれを疑問形にする。
d- 形容詞に付いて、それを副詞にする。
e- その
g- 反対の
h- ~する者
iKa- ~のおかげ
giKa- ~のせい
k- ~化する
-k,-ek 代名詞以外の名詞の後について複数形を表す。
l- ~な・~の
m- ~な人・~なもの
n- ~でない
ol- 動詞に付いて、それを進行形にする。
p- ~するための場所
q- 対格を表す接頭辞。
Qo- ~の一部
r- ~するためのもの
S- 動詞に付いてそれを過去形にする。
se- ~たち。人称にのみ付く。
sk- 代名詞に付いて所有代名詞を表す。
t- ~な場所
ut- 動詞に付いてそれを未来形にする。
v- 動詞や形容詞に付いてそれを名詞化する。
we- 動詞に付いてそれを命令形にする。
x- 動詞について受動態を表す。
z- 所有格を表す接頭辞。
大陸歴*1478年6月19日 6月25日 礼拝を見てきた。私は何を唱えるでもなく彼らが祈るさまを見ているだけだったが、あれは圧巻だ。礼拝祈祷文とやらを唱えて、人々が日頃神から賜っているものや失ったもの、神に奪われたものについて、神を称賛したり貶したりしているらしかった。神を貶すなんてのは私の国では考えられないが、こと異教の地となるとそれも違ってくるらしかった。文献「ロラト探訪日記」(北の国からの旅人がロラトでの旅をつづった日記。)著者:不明
今日、ロラトに入った。私は彼らの言葉を介さないので、ロラト人の通訳を一人雇うことにした。彼はとても友好的で、良い旅のともになりそうだ。
国境の町に到着すると、人々が私を奇異な目で見てきた。おそらく、彼らに比べて豪華な服を着ていたので、外国の何某かの金持ちだとでも思われたんだろう。
通訳が『この方は今日に北のほうから来られた旅人なので、なにか飲食店にでも行ってもてなしたい』と町の人に聞くと、快く『セファルト』というパブに案内された。
酒はうまいし、塩漬けの肉もなかなかいいのを使っている。聞くとこの町で育てている牛だそうで、なるほど新鮮なわけだと思った。
カウンターでは男たちが透明な酒を飲んでいる。どうやら『米』という作物から作った酒らしい。麦の酒もたしなむそうだが、米で作った酒はまた味が違って旨いそうだ。米とやらは私の国では栽培されていないので、旅の終わり頃にこの国で米の酒を買って帰ろうと思う。
長く歩いて首都まで来た。城壁に囲まれたたいそうな街で、5つの門と南側の大きな市場、家と店々の並ぶ大きな通りが目を引く。川の向こうには壮大な城が建っている。
人々はいい布で作られた簡素な服を着ていて、だいたいが中流階級のような見た目をしている。市場では値切りの交渉とか奴隷の売買が行われている。
みたところ、ここの奴隷は私の国のそれよりも良い扱いを受けているようだった。
人々が歓談しながら歩いてゆく。この国は良いところだ。老後はロラト語を勉強して移住してきたいくらいだ。
ロラトの儀式を見せてくれないかと聞くと、『ちょうど今日、教会で礼拝をやるから、儀式ではないけれども見ないか』と言ってきた。見に行くことにした。
...
(後略)
例文
「ロラト礼拝祈祷文」
ah,z-se-et lonim.mkeek se-et.kwaga se-et.
我らの神よ、私たちは祈ります。私たちは崇拝します。alla.kwaga kwaag se-et fet.
おお、神よ。私たちに貴方たちを崇拝させてください。we-daVi z-tyakao zun roRat.
貴方の意思がロラトにてなされんことを。ah kwaag,ig Qape x-yoziis hos se-et,yeReQa,daNef m-Wepeu Qa se-
geti.
神よ、私たちに与えられる力と自然と食べ物とは、あなたの賜物です。uk v-kvsi zoiWa zun TaaQel Dikve iKa-se-geti.
この国に子供が生まれるのは、あなたたちのおかげです。uk v-ngofk npryurf zun TaaQel Dikve giKa-se-geti.
この国で人が死ぬのは、あなたたちのせいです。we-vakoSwa z-se-et huuVa,Vos vakoSwa z-se-geti huuVa se-et.
私たちの罪をお許しください。さすれば、あなたたちの罪を赦します。S-esooXu MheeSa ko npryurf lonim.Kat,S-esooXu asekf npryurf.
神は世界と人を作りました。されど人は文明を作ったのです。raas,ig MheeSa ko npryurf ko asekf zraakvag.
だからこそ世界も人も、文明も不完全なのです。Serzyaam hos se-geti Rkmyep ko faakaf se-et.
あなた方に幸と呪いの在らんことを。alla kwaag.
嗚呼、神よ。xamin.
ハミン。
「古ロラト語文献『原初の手紙』 司祭の章・序文」 聖典正ロラト語訳
S-Muukaa lonim,"we-fkraa hos nak famt rqaRmak."
神は仰った。「司祭を通じて私と話しなさい」と。S-kraaKe et,"alla kwaag b-uk faSq rqaRmak?"
私は訊いた。「神よ、司祭とは何ですか」と。RetoK,kafNu,S-ol-kwaga npryurf,n-S-vedi rqaRmak.
なぜなら、そのころは、人々はただ対等に神を崇めていて、司祭などいなかったからだ。S-Daktm lonim,"Toosund se-ap se-doz.Maru se-et se-doz."
神は答えた。「彼らはあなたたちをまとめます。彼らは私たちとつながります。」vezmuug,aRootgik rqaRmak,mabiaft,yupniya Qapaks roRatan.
それから、ロラトの民は司祭を選び、団結し、街を作り、集団で神を崇め始めた。...
祈祷文 序文 (すべての儀式の始めに唱えられる呪文。)
alla,kwaga,kwaga.
おお、神よ、神よ。we-kesak TaaQa.
この場に来たれ。we-tMaak Qape hos Zatak,we-mirWt yeReQa VeeTu,we-tmiRa npryurf.
道具に力を与え、自然を光で満たし、人を教化したまえ。alla,kwaga,kwaga.
おお、神よ、神よ。(以上を3回以上復唱する)
xamin.
ハミン。
豊穣の神の召喚の呪文
alla kwaga kwaga.
おお、神よ、神よ。we-kesak TaaQa.
この場に来たれ。ah XaPaaeTiirvyun,we-mirWt Qape eoKe,we-mghRugzem ed Datorb.
カパーエトリールヴュン(豊穣の神)よ、大地を力で満たし、麦の雨を降らせたまえ。Swada v-oBazek teqon geti se-et.
捧げ物をどうか気に入りますよう。ut-Mfaknu z-se-et Qo-hyuQa se-et,raas,we-nuzd hos se-et.
私たちの収穫の一部はあなたに奉納いたしますから、ぜひお力をお貸しください。alla,kwaag,kwaag.
おお、神よ、神よ。xamin.
ハミン。(以上5回以上復唱。)
(以下2回以上復唱。)ah lonim, we-dvga z-se-et vemkee.
神よ、祈りにお応えください。mkeek se-et,kwaga se-et.
我らは祈ります。我らは崇拝します。kwaga kwaag se-et fet.
我らに貴方を拝ませてください。xamin.
ハミン。
ここに今回の言語のZpDICを載せておきます。
https://zpdic.ziphil.com/dictionary/Saint-Orthodox-roRat
悪魔があなたと共にあらんことを。では...
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