Migdal

壱千弐拾四
壱千弐拾四

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私が人工言語(ウステル語)を作ってる経緯とか理由みたいなのとか多分今まで書いてなかったから今書く

前回の記事から丸一年の空白が空いているが、これだけは勘違いされないようにはっきり言っておく。

完全に怠けていた。

はじめに

 長らくウステル語についての設定の話、例えばこれがどこで話されているのか、誰が話しているのか、それが話されている世界がどのようなものなのか、多分ほとんど書いてこなかったと思う。もっとも、これらは書いてこなかったというよりも考えてこなかったと言ったほうが良いのだが…
 しかしそれだけでなく、そもそも私がウステル語をどのような目的で作っているのかとか、その経緯さえもまともに書いていなかったはず。
 もしかしたら私が覚えていないだけで、どこかに書いていたかもしれないが、過去に書いたものを見返すのめんどいし、自分が書いた文章を見るの恥ずかしいし、そもそもどこに何を書いたかも大体忘れてしまっているので、そうしたにせよ、してないにせよ、今改めてここに書いておこうと思う。
 ただ,今回は、私が言語に興味を持ち、人工言語を作るようになり、そしてウステル語を作るようになるまでの経緯についてを書こうと思う。ウステル語の具体的な設定などついてはまた別の機会に書こうと思う。なんと言っても、未だに決まっていない部分が多すぎるので…

なぜ私は言語に興味を持ったのか

 ウステル語云々を書く前に、私が言語に興味を持ち始めたそもそものきっかけを書かねばならないだろう。
 おそらく小学校高学年か中学生の頃だったかと思うが、ドイツのテクノポップバンドであるクラフトワーク(Kraftwerk)にハマった。彼らの楽曲の多くには英語版とドイツ語版の2つがあるのだが、真面目なファンであったか、もしくは天の邪鬼であった私は、世間一般が聞いている英語版ではなく、クラフトワークのメンバーたちの母語であるドイツ語版、すなわちクラフトワークの「原典」を理解しようとし、そのために私は近所の書店でドイツ語の語学書を買ったのだ。これが、私が初めて英語以外の言語に触れた機会であった。
 さて、結局のところ私はクラフトワークをドイツ語版で聞けるほどにドイツ語を習得することは無かったのだが、その途中、私自身が気づいたのか、それとも語学書にそのことが直接書いてあったのかどうか、ともかくドイツ語と英語との間には随分と似た点があることを知ったのだ。例えば、「手」を表す名詞は英語で「hand」、ドイツ語でも「Hand」と綴りが同じだったり、「持つ」という動詞は英語で「have」、ドイツ語で「haben」と似ていたりする。語順も、英語もドイツ語も主語・動詞・目的語の順番で文を作ったりと、共通点が多い、
 しかし勉強を進めるうちに、様々な違いもあることを知った。英語の「gift」は「贈り物」といった意味があるが、同じ綴りのドイツ語「Gift」の意味は「毒」である。また、先程英語もドイツ語も語順が同じだと書いたが、それはあくまで主節での話であり、ドイツ語における従属節の語順は主語・目的語・動詞の順番になるなど、それまで英語しか知らなかった私には新鮮に思える要素が多くあった。
 このようなことを知るうちに、私の中に自ずと言語というものに対する興味が湧いてきたのだ。なぜ英語とドイツ語には似ている点、もしくは異なる点があるのか、これらの言語の成り立ちとは…といったことを調べていくうちに、言語学というものにたどり着いたのだ。

 余談だが、クラフトワークの中でも私が特に気に入っている曲は「テクノ・ポップ」だ。テクノポップを題名にするぐらいにハジけた音楽なのかと思いきや、結構落ち着いた雰囲気のギャップがむしろ面白い。

なぜ私は人工言語を作るのか

 ここまでは私が言語に興味を持ったきっかけを書いたが、ここからは人工言語を作り始めたきっかけを書く。
 言語についてあれこれ調べているうちに、「エスペラント」というものを知った。このサイトにアカウント登録しているならば知らぬものはそうそういないであろう人工言語であるが、一応解説しておくと、ポーランド生まれの眼科医であったルドヴィコ・ザメンホフが、異なる言語を話す民族間に生じる不和を嘆いて、母語を異にする人々の相互のコミュニケーションのために制作した人工言語である。エスペラントを知り、ザメンホフ医師の精神に感動するとともに、私は言語というものは人が作ることのできるものなのだということに気づいた。
 とはいえ、エスペラントを知ったそのときには特段自分で何かしらの言語を作ろうとか思ったことはなかった。
 私が本格的に人工言語に手を染める(?)きっかけになったのは、J・R・R・トールキンの作り出した人工言語群である。正直、これ(に限らず、エスペラントとか言語学などについても同様だが)を知ったのはウィキペディアからであって、指輪物語などを読んでいたわけでもないのだが、私はこの言語を知って、初めて芸術のために言語を作ることを知った。その後も様々な芸術言語や創作言語を(ウィキペディアで)知るうちに、自らもなにか言語を作ってみたいと思うようになったのだ。
 最初に作った言語がどんなものだったかとかは、もはや記録も記憶もほとんど失くなってしまったが、確かドイツ語をベースとしたものであったと思う。一つ覚えているのは、その言語の名詞には太陽名詞、月名詞、地球名詞の3つの性があったはずだ。これは多分ドイツ語の男性名詞、女性名詞、中性名詞の、名詞の性の要素を取り入れながら独自性を出した結果生みだしたものだったのだろう。

なぜ私はウステル語を作るのか

 そういった言語を作っているうちに、だんだん自分の好みが分かってくるものだ。どうやら私はインド・ヨーロッパ語族の言語がお気に入りなようだ。さらに詳しく言うと、印欧語族の名詞の曲用とか動詞の活用とか、つまりは屈折というものが好きらしい。なぜかはわからないが、英語以外に初めて学んだ言語がドイツ語だったのが関係しているのかどうか…
 そこからますます私の言語の志向は印欧語族へと向かっていく。とはいえ、別に印欧語族以外の言語に興味がなかったというわけではない。例えば、最近ではヘブライ語とかマヤ語族とかが気になっている。ヘブライ語については、作曲家でありユダヤ人でもあるスティーヴ・ライヒの『テヒリーム』を聞いてから、その言葉の響きの美しさに惹かれている (関係ないとは分かっていても、最近のイスラエル国の動向を見ていてはこういうユダヤ人とかヘブライ語とかのことを言うのもなんだか憚られるような気がしてしまうが…)。
 マヤ語族については(やはりウィキペディアで見た程度の知識だが)分裂能格とか語順の話で印象にある。もう一つ、マヤ語族の中でもカクチケル語に関しては、かつて大学の講義の中で聞いたカクチケル語における語順の話を今でも覚えている。次のリンクは、まさにその講義で紹介されていた、カクチケル語の語順に関する研究の論文である。https://www.ls-japan.org/modules/documents/LSJpapers/journals/143_kim.pdf
 しかしながら、私の興味は相変わらず印欧語族に惹かれたままであり、特にある時期(いつぐらいだったかよく覚えてないが、少なくとも今から6〜7年よりは前かもしれない)からは古代の言語、それこそ、ラテン語とか古典ギリシア語とか、サンスクリットとか、いかにもな古代の言語に興味が移っていった。
 その流れから私が作り始めた言語が、ウステル語である。なんとなく古代の雰囲気を感じられる印欧語を作りたいという欲求から生まれたものだった。
 と言いたいところだが、実はウステル語を作り始めるよりも前に、同じように古めの印欧語っぽい言語を作っていたことがあった。(これを作っていた当時は固有の言語名を決めていなかったから、それっぽい感じで仮に先ウステル語と呼ぶ。)しかし、先ウステル語はまだ私に十分な言語学の知識とか、印欧語族の知識とかが無かった頃に作りはじめたものだったから、途中からもっとしっかりとした物を作り直したい、と思うようになった。改めて、その流れから私が作り始めた言語が、ウステル語である。
 さてこのように書くと、まるで今の私には印欧語族に関して完全な知識があるかのような書振だが、言うまでもなくそんなことはない。悲しいかな学問一般というものは、調べれば調べるだけ、ますますわからないと思うことが山積みになっていくばかりで、逆に学問への自信が付くことなど早々ないのである。しかしそれでも、ソクラテスが無知の知と言ったように、知らぬことをも知らぬより、知らぬことを知ることのほうがまだマシだと信じて、印欧語族の知らないことを増やしていくのだ。
 

終わりに

 はじめにも書いたが、今回は私がウステル語を作り始めるまでの話を書いた。これだけ長々とウステル語の経緯について書いてきたが、今、同じようにウステル語の世界観とか設定とかを書こうとしたなら、おそらく5行も使わないで書き終わってしまうだろう。なぜなら、今までウステル語の設定という設定をまともに考えたこともなかったから…
 とはいえ、こういった言語を作る際にはある程度の設定があると、それに沿って作る方がやりやすかったりするもので、ウステル語にもいくつかの設定はあるのだが、ほとんどがとても曖昧で定まっておらず、非常にガバガバ極まりないものである。例えば、このウステル語は大西洋の北側、ブリテン島から1000キロメートル以上離れたとある島で暮らしている人々が話している、という設定があるのだが、その島の名前とか、人々の歴史とか、そういったものは未だに考えたことがない。そもそも、大西洋北側の島だというのはある程度固定された設定ではあるが、ブリテン島から何だかキロメートルというのは今さっきでっちあげた話である。じゃあなんで書いた?
 ということなので、ウステル語の歴史とか設定については、まだまだ先になってから書くことになるだろう。もしこういったことを心待ちにしてくれる人がいるのであれば、気長に待っていてほしい。

とりあえずあと3年ぐらい。

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