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ふぃるきしゃ(FILUKISJA)
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ふぃるきしゃ版 人工言語創作論

 こんにちは、ふぃるきしゃです。人工言語作者もすなる人工言語創作論といふものをふぃるきしゃもしてみむとてするなり。


なぜ人工言語を作るのか?

 私の場合、「作り始めた理由」と「今作っている理由」が違います。

 人工言語を作り始めたきっかけは、中学の時にエスペラントを知ったからです。当時私は英語が本当に苦手……というか嫌いだったので、「なんで英語なんて難しい言語が世界共通語なんだ? もっと簡単な言語を新しく作って、それを世界共通語にすればいいじゃないか!」と思っていました。それを友人に話したら、「そういう言語もあるにはある」と教えてもらったんですね。それがエスペラントでした。

 元々私は自分で何か作らないと気が済まない性分だったので、エスペラントを知って「学びたい」とか「広めたい」とか思う前に、「自分もこんな言語を作りたい」と思ってしまいました。これが「作り始めた理由」です。

 今作っている理由は、簡単に言うと義務感、もっと言えば恐怖心です。どういうことかというと、「言語を作るのをやめたら、自分が何でもないつまらない人間になってしまう」気がするんです。

 Twitter(現X)上には、天上人みたいな凄い人がたくさんいます。絵が上手い人、素晴らしい曲を作る人、地図が描ける人、プログラムが書ける人……。人工言語を作りながらこれら複数をこなす人もいます。本当に羨ましいです。私も絵や曲を作ったりしますけど、正直人に見せてギリギリ恥ずかしくない程度のものでしかありません。そんな私が言語を作らなかったら、いよいよ本当に何もできない人間になってしまう。それが怖いです。

 逆に言うと、「こんな私でもそれなりの物が作れるのがたまたま言語だった」だけなのかもしれません。何だか自分のアイデンティティ確保のためだけに言語を利用しているようで、申し訳ない気持ちになってきます。

 でも、人工言語制作を純粋に楽しんでいるのもまた事実ですし、理由の一部です。私は今ニョンペルミュリヴァ語を作っていますが、前者は造語を楽しむため、後者は規則性・簡潔性・論理性を高める試行錯誤を楽しむために作っているというのが大きいです。なので、単に「自分がアイデンティティ喪失しないため」というネガティブな理由だけで作っているわけではないよ、ということは言っておきます。


人工言語を作るステップ


ステップ1:目的は何だろう?

 人工言語は自然言語と違って、特定の誰かによって意図的にデザインされるものであることはお分かりいただけるかと思います。ということは、人工言語が作られるには何らかの目的があるはずです。

 あなたが人工言語を作る目的は何ですか? 小説の中の架空世界を演出する一要素にしたい、英語に代わる国際語を作りたい、自分にしか分からない言語で日記を書きたい、パズル感覚で楽しみたい、単なる暇潰し、なんか面白そう……。どんなにくだらない目的でも構いません。崇高な目的なんて、やりたい人に任せておきましょう。目的が決まれば、大まかな制作方針も決まります。

 ちょっと話は逸れますが、私は以前から、人工言語はそれぞれの目的に従って評価されるべきだと思っています。だって、例えばロジバンやイスクイルに向かって「こんな言語、自然にはありえない! 不自然だからダメな言語だ!」と言ってる人がいたら、「は?」って思うでしょう。それはもちろん、ロジバンやイスクイルが自然言語に似せた「架空言語」として作られたものではないからです。

 過去の人工言語界隈には、「架空の文化に基づいた言語が優秀」とか「語彙数が多い言語ほど優秀」といった画一的な価値観が蔓延したこともあったようです。しかし、各々の言語の目的を無視し、単一の尺度で評価することは、せっかくの人工言語の自由度や多様性を阻害することにしかなりません。

 なので、もしあなたが「自分の言語は自然言語っぽくないからダメなのかな……」「ただの換字式暗号だから、手抜きでしかないのかな……」と思ったとしても、あまり気にしないでください。その言語があなたの目的を達成できているなら、それは素晴らしい言語であり、他の尺度によってとやかく言われる筋合いはないのです。


ステップ2:とにかく作ってみよう!

 目的が決まったら、とにかく作ってみましょう。どこから作り始めるかは、ぶっちゃけ人それぞれかと思います。音韻を始めに決めてもいいし、単語をいくつか作ってもいいし、「語順はVSOで膠着語にしよう」みたいに文法事項を最初に決めてもいいでしょう。

 参考までに、私はとりあえず簡単な例文を作ってみることが多いです。ノリで決めた音素、単語、語順で「私は家で赤い花を見る」「私は彼にもらった本を読んだ」のような文を作ってみます。語順を確定するために、最低限動詞・主語・目的語・形容詞・付加詞・関係詞を含んだ文が良いかと思います。

 なぜ例文から作るかというと、結局単語の形態論と文法は不可分だからです。屈折語だったら単語に屈折語尾を持たせなきゃいけないし、セム語のように貫通接辞を持たせるってなったら文法も一緒に決めないと話になりません。だから、単語と文法を一緒に考えるために、とりあえず例文を作ってみるのです。もし「単語を先に作ると、後から活用形の全体像を決めるのが大変だな……」「文法を先に決めると、言語の完成形のイメージがつきづらいな……」と思う方がいたら、この方法を試してみてください。


ステップ3:言語の知識をつけよう!

 ……とは言いましたが、人工言語制作に言語学や諸言語の知識が必須かというと、そうでもないと思います。始めのうちは、知識のない状態で気ままに作ってみるのがいいでしょう。それで満足ならそれで良し。独力で行き詰まりを感じたら、ちょっといろいろな言語を覗いてみるといいでしょう。東京外国語大学言語モジュールや、Wikipediaの言語学のポータルから、様々な言語の概観を知ることができます。本腰入れて語学をしなくても、各言語の音素目録や単語の変化表を眺めるだけで「こういう音素の組み合わせが自然なんだな」「こういう文法範疇の組み合わせがあるんだな」と新たな発見があります。

 人工言語の文法書や辞書を調べてみるのもおすすめです。トキポナは比較的短期間で習得できますし、ロジバンも「はじロジ」を読めば大体分かります。イスクイルは……公式サイトの英文を機械翻訳に突っ込めば多分大丈夫。それらの敷居が高いと感じたら、シャレイア語やリパライン語など、日本語圏の著名な人工言語のサイトを覗いてみるのもいいかもしれません。実際、私はそうやって人工言語の作り方を学びました。

 言語学の知識は、ある程度学んでおくと便利です。さまざまな言語を調べるときにそれらの特徴を掴みやすくなる上、何より自分の言語を他人に説明しやすくなります。「私の言語は『~している』のときと『~していた』のときで動詞の形が変わります」と言うより、「アスペクトによって動詞が活用します」と言った方がシンプルです。自作言語の文法書を公開したいなら、言語学の専門用語を学んでおくことをおすすめします。

 このように、知識があった方が作れる言語の幅も広がりますし、説明もしやすくなります。でも、私はあくまでそれが必須ではないと考えています。諸言語や言語学の知識をつければもちろん見識は広がりますが、同時に価値観が知識の枠組みの中で固定されてしまいます。すると、「言語の姿はこうでなければならない」「人工言語はこう作らなければならない」といった固定観念に囚われ、それを周囲に押しつけてしまうことにも繋がります。

 私は、新しく言語を作り始める人には、そのような観念に萎縮せず、まずは自分の作りたいように言語を作る楽しさを味わってもらいたいです。だから、すぐに「言語を作るからには、ちゃんと勉強しなければならないんだ!」とは思わないでほしい。もしそれで満足しなくなったら、初めて言語学やさまざまな言語について学んでみてください。知識をつけるのはそれからでも全然遅くないです。


ステップ4:人工言語制作に完成はないよ!

 人工言語に完成はあるのか? これは、人工言語作者ならば一度は考える問題だと言っても過言ではありません(違ったらごめんね)。私は、人工言語制作に完成はないと思っています。

 なぜ人工言語に完成がないと言えるのか? それは、世の中の概念が増え続けるからです。概念が増え続ける限り、それをどのように表すか決めなければなりません。単語を増やさなければいけないのはもちろんですが、もし限られた少数の語彙しか持たないミニマル言語だったとしても、新概念をどのように表すか(つまり語法)を決めなければなりません。言語を使い続ける限り、この作業は終わらず、したがって言語が完成することはないのです。

 このような私の考えに対して、かつてある方が「人工言語が話者を得て、作者が手を加えなくても変化し続ける状態になったら、完成と言えるのでは?」といった意見をしてくださいました。当時私はそれで納得しましたが、よく考えてみるとこれには少し問題点があるように感じます。

 もしその言語が国際補助語のように、話者を得ることが目的ならば、それで完成として良いかもしれません。しかし、個人言語のように、自己表現を目的とした言語だったら? 作者の手を離れ、話者の間で変化を始めてしまった時点で、その言語は「作者の自己表現」という当初の目的を外れてしまうことになります。それは本当に、「当初目的としていた言語が完成した」と言えるのでしょうか? 

 このように、自分の言語を自分の手元に収めておきたいなら、話者を得ることはあまり得策ではありません。したがって、その言語は完成することはありません。あなたが言語制作に飽きるか、あるいは死ぬまで、新概念に対応する語彙や語法を作り続けるしかないのです。悲しいですね。それはまるで、永遠に目覚めることのない「フランケンシュタインの怪物」の身体を延々捏ねくり回してるようなものです。

 でも、それが嫌だと言う人もいるでしょう。なら、「完成させる」のではなく、「終わらせてしまう」のも手です。以前、ンソピハさんが「スケッチ語」という概念を紹介していましたが、まさしくそれです。概要だけ作って、あとは放置というのも、全然アリだと思います。むしろ、さまざまな言語を作る楽しみを得るならこちらの方が良いまであります。

 したがって、「人工言語に完成はあるのか?」に対する私の意見はこうです。

人工言語作者に尋ねてみた どこまで作るのかと♪
いつになれば終わるのかと♪
人工言語作者は答えた♪
終わりなどはないさ 終わらせることはできるけど♪


理想的な人工言語の姿とは?


まとめ

 とにかく作れ! つべこべ言う前に作れ!

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