第 6 回は名詞の格変化に触れていきます。これでようやく「~は~をする」のような基本的な文が書けるようになります。
格
日本語では、「私」という名詞に「~が」を付けて「私が」とすると、その「私」が文の主語であることを表せます。「~が」の代わりに「~を」を付けて「私を」とすれば、「私」は文の動作の対象 (目的語) になります。「~が」を付けるか「~を」を付けるかによって、「私」の役割が変わるわけです。
このような名詞の役割のことを「格」と呼びます。日本語では、「~が」や「~を」のような助詞を使って格を明示します。対してフェンナ語では、名詞そのものの形を変化させることで格を表します。
フェンナ語で区別する格は、以下の 6 種類です。大まかな意味も一緒に示しておきます。
- 主格 — 主語を表す,「~が」に相当
- 対格 — 目的語を表す,「~を」に相当
- 与格 — 相手や到達点を表す,「~に」に相当
- 奪格 — 出発点を表す,「~から」に相当
- 具格 — 道具や同伴を表す, 「~で」や「~と (一緒に)」に相当
- 処格 — 場所や時刻を表す
格変化
格は、語幹に接尾辞を付けることで表します。このときに付ける接尾辞は、名詞の性によって変わるので 2 種類あります。
赤性 | 青性 | |
---|---|---|
主格 | なし | -о |
対格 | -а | -а |
与格 | -ес | -ос |
奪格 | -о̄м, -aм | -ӯм, -aм |
具格 | -езат, -зат | -озат, -зат |
処格 | -ӣ | -е̄ |
奪格と具格を表す接尾辞が 2 種類ありますが、これは語幹の形に応じて使い分けます。語幹が〈重子音 + а + 単子音〉で終わっている場合は -aм/-зат の方が使われ、それ以外の場合は -о̄м/-езат や -ӯм/-озат が使われます。
これまでに出てきた名詞は、全て主格の形でした。第 2 回では青性の名詞は -о で終わりがちと説明しましたが、これは実は青性・主格の接尾辞だったわけですね。
実際の格変化
まず、де̄ско「本」の変化を見てみましょう。これは青性名詞なので、基本形である主格形の де̄ско という形にすでに -о が付いています。そのため、他の接尾辞を付けるときは、基本形から -о を除いた де̄ск- の部分に付けていくことになります。
主格 | де̄ско |
---|---|
対格 | де̄ска |
与格 | де̄скос |
奪格 | де̄скӯм |
具格 | де̄скозат |
処格 | де̄ске̄ |
次に、語幹が〈重子音 + а + 単子音〉で終わる単語の変化を見てみましょう。赤性名詞の例としては фе̄ссар「リンゴ」を、青性名詞の例としては зе̄ммаво「夕方」を挙げます。
この形の単語では、奪格と具格の接尾辞に性によらず -aм/-зат を使うことに注意しましょう。
主格 | фе̄ссар |
---|---|
対格 | фе̄ссара |
与格 | фе̄ссарес |
奪格 | фе̄ссарaм |
具格 | фе̄ссарзат |
処格 | фе̄ссарӣ |
主格 | зе̄ммаво |
---|---|
対格 | зе̄ммава |
与格 | зе̄ммавос |
奪格 | зе̄ммавaм |
具格 | зе̄ммавзат |
処格 | зе̄ммаве̄ |
規則から少し外れた変化
基本形が〈単子音 + а + 単子音〉で終わる赤性名詞は、接尾辞を付けるときに а が脱落します。
主格 | хо̄лаф |
---|---|
対格 | хо̄лфа |
与格 | хо̄лфес |
奪格 | хо̄лфо̄м |
具格 | хо̄лфезат |
処格 | хо̄лфӣ |
語幹が重子音や長母音で終わる赤性名詞は、語末に е が付いた形が主格形になっています。このような形の単語は、接尾辞を付けるときに е が消えます。例えば、зе̄бацце「動物」は зе̄бацц- が語幹になります。
主格 | зе̄бацце |
---|---|
対格 | зе̄бацца |
与格 | зе̄баццес |
奪格 | зе̄баццо̄м |
具格 | зе̄баццезат |
処格 | зе̄баццӣ |
主格 | ме̄ре̄е |
---|---|
対格 | ме̄ре̄а |
与格 | ме̄ре̄ес |
奪格 | ме̄ре̄о̄м |
具格 | ме̄ре̄езат |
処格 | ме̄ре̄ӣ |
格変化における定性
第 2 回では、名詞が定のときに ле-/ло- が付くことを学びました。この ле-/ло- は格とは関係なく、名詞が定であれば常に付けられます。
例えば、де̄ско「本」の対格・定の形は леде̄ска ですし、хо̄лаф「鳥」の具格・定の形は лохо̄лфезат になります。
格の用法
主格は、文の主語を表します。日本語の「~が」や「~は」に相当します。第 4 回で学んだように、主語が定なら文頭に置かれ、不定なら動詞の後に置かれます。
また、е̄к を用いた「A は B である」という文では、A だけでなく B に相当する名詞も主格になります。
Лочӣҕҕасо баззо̄цо.
لچيغّس بزّوڅ.
🞂 その教師は苦労している。Асе̄м хо̄лаф фе̄ссара.
اسيم خولف فيسّر.
🞂 鳥がリンゴを食べている。
се̄м「食べる」Лӣе̄раф е̄к тӣӯал.
ليييرف ييک طيووال.
🞂 イーラフは学生です。
ӣраф [定: лӣе̄раф]1 「イーラフ (人名)」
対格は、動作の対象を表します。日本語の「~を」に相当します。
Лефӣхто баже̄мо ме̄ццо.
لفيخ بژيم ميڅّ.
🞂 フィーフトは肉を焼いている。
баже̄м「焼く」 · ме̄ццо「肉」
与格は、動作の相手を表したり、移動の意味合いがある動作の到達点や方向を表したりします。日本語の「~に」や「~へ」に相当します。
Изе̄х лефзе̄нос лесе̄ххасӣ.
يزيخ لفزينس لسيخّسي.
🞂 私は神社へ朝行く。
зе̄х「行く」 · фозе̄но「神社」 · се̄ххас「朝」
奪格は、移動の意味合いがある動作の起点を表します。日本語の「~から」に相当します。
Лефӣхто сабе̄зо леззе̄ммавaм.
لفيخط سبيز لزّيمّبم.
🞂 フィーフトは西の方から来る。
сабе̄з「来る」 · зозе̄ммаво「西」
具格は、動作を行うのに使う道具や手段を表したり、動作を一緒に行っている人や物を表したりします。
Талфе̄г ме̄ре̄езат.
طلفيݢ ميرييزط.
🞂 彼は猫と一緒に散歩している。
талфе̄г「散歩する」
処格は、動作が行われている場所や時刻を表します。
Като̄шо де̄ска леззе̄ске̄.
کطوش ديسک لزّيسکي.
🞂 彼は本を図書館で読んでいる。
като̄ш「読む」 · де̄ско「本」 · дозе̄ско [定: леззе̄ско]2 「図書館」Лехо̄к босбе̄з лезе̄ммаве̄.
لخوک بسبيز لزيمّبي.
🞂 母は夕方に帰って来る。
хо̄к [定: лехо̄к] 「赤性の親」 · босбе̄з「帰る」 · зе̄ммаво「夕方」
これらはあくまで格の主要な用法です。それぞれの格は、特定の動詞と一緒に使われたときに特殊な意味になったり、今後の回で扱う前置詞を伴うと別の意味になったりすることがあります。
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