第 8 回は、文法からちょっと離れて子音の音便変化の話です。フェンナ語は、語形変化によって子音連続が発生することが多く、その際に発音しやすいように音が変えられることがあります。わりと頻繁に起こる現象なので、このタイミングで触れておきます。
連続子音
動詞や名詞が語形変化するときに、接頭辞や接尾辞が付くことで 2 つの子音が隣接することがあります。例えば、ӈе̄ттаб に具格を表す -зат が付くと、ӈе̄ттабзат となり、бз という子音連続が新たにできます。また、се̄хан に青性・主格を表す -о が付くと、語幹の а が消えて се̄хно となるため、хн という子音連続ができます。
もともとの語形によっては、変化によってできる子音連続が発音しにくくなることがあります。例えば、дозе̄ско に定を表す ле- を付けると、д と з の間にあった о が消えて ледзе̄ско になるはずですが、このときにできる дз という子音連続は非常に発音しづらいです。
このように発音しづらい子音が連続すると、発音しやすいように音が変わりことがあり、その際に結果的に綴りも変わります。дозе̄ско に ле- を付ける例では、発音しづらい дз が зз に変わり、леззе̄ско となります。この変化を「音便」といいます。
音便は一定の規則に基づいて行われます。この回では、その規則について詳しく説明します。
音素の復習
ここで今一度、フェンナ語の音について復習しましょう。第 1 回で載せた子音の表を再掲します。
口蓋音 | 歯音 | 唇音 | |||
---|---|---|---|---|---|
破裂音 | 無声 | к /k/ | т /t/ | п /p/ | |
有声 | г /ɡ/ | д /d/ | б /b/ | ||
摩擦音 | 無声 | х /x/ | с /s/ | ш /ʃ/ | ф /f/ |
有声 | ҕ /ɣ/ | з /z/ | ж /ʒ/ | в /v/ | |
破擦音 | 無声 | ц /t͡s/ | ч /t͡ʃ/ | ||
鼻音 | ӈ /ŋ/ | н /n/ | м /m/ | ||
流音 | л /l/ | р /ɾ/ |
音便の規則を理解する上で重要なのが、この表の縦と横の繋がりです。
同じ列にある音は、その音を発するときに使う口の中の部位が概ね同じになっています。フェンナ語の発音では概ね 3 種類の部位を使い分けていて、これに従って音も 3 種類に分けられます。口の奥の方を使う「口蓋音」と、歯を使う「歯音」と、唇を使う「唇音」です。
同じ行にある音は、発音の方法が概ね同じです。音便規則においては、表の「破裂音」と「摩擦音」と「破擦音」の合計 5 行を総称する「阻害音」が重要になります。
音便の大まかな傾向
音便は、阻害音もしくは鼻音に分類される子音が隣接した場合に起きます。したがって、流音は音便変化を起こしません。
音便では、基本的に連続した子音のうち前半だけが変化します。ただし、歯阻害音同士が連続したときだけは、両方が変わる場合があります。
これから、いくつかのパターンに分けて、どのような音便が起こるかを説明していきます。
〈口蓋阻害音+口蓋阻害音〉の音便
異なる口蓋阻害音が 2 つ連続した場合、前半の音が後半の音と同じになり、全体は後半の音の重子音になります。例えば、кх という連続が生じると хх になります。また、ҕг は гг になります。
〈唇阻害音+唇阻害音〉の音便
異なる唇阻害音が 2 つ連続した場合も、前半の音が後半の音と同じになり、全体は後半の音の重子音になります。例えば、вп という連続は пп になり、фб は бб になります。
口蓋阻害音の場合と同じですね。
〈歯阻害音+歯阻害音〉の音便
歯阻害音同士の音便はかなり厄介です。音便変化が起こるペアと起こらないペアがあります。また、音便変化が起こる場合は、後半の音の重子音になることが多いですが、全く別の音の重子音になることもあります。さらに、ペアによっては音便変化先が 2 種類あることがあります。これは単語によってどちらになるかが変わります。
とりあえず、音便変化先を示した表を載せます。2 つ書いてあるものは、単語によってどちらになるかが変わるものです。
-т | -д | -ш | -ц | -ч | -с | -з | -ж | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
т- | тт | дд | чч | цц | чч | сс, цц | зз | жж |
д- | тт | дд | чч | цц | чч | сс, цц | зз | жж |
ш- | шт | шд | шш | шц | шч | шс, сс | шз, зз | жж |
ц- | цт | цд | чч | цц | чч | цс, цц | цз, зз | жж |
ч- | чт | чд | чч | цц | чч | чс, цц | чз, зз | жж |
с- | ст, тт | сд, дд | шш, чч | сц, цц | сч, чч | сс, цц | сз, зз | жж |
з- | зт, тт | зд, дд | шш, чч | зц, цц | зч, чч | сс, цц | зз | жж |
ж- | жт | жд | шш, чч | жц, цц | жч, чч | жс, сс | жз, зз | жж |
с, з, ж が絡むと変化先が 2 個あったりとややこしいので、一旦 с, з, ж を除いた表の左上部分を覚えておきましょう。
с, з, ж が絡む場合は、音便変化としてまとめて覚えようとすると大変なので、この場で一気に覚えるというよりは、「дозе̄ско は леззе̄ско になる」のように単語ごとに覚えていく方が良いでしょう。
ただし、с, з, ж が絡むもののうち、сш→чч, сс→цц, зш→чч, зс→цц, жш→чч の 5 パターンだけは若干直感に反する変化なので、こんなのもあるんだなとこの場で頭の片隅に置いておくと良いかもしれません1。
〈阻害音+鼻音〉の音便
発音部位が同じ阻害音と鼻音がこの順で続いた場合は、前半の阻害音が後半の鼻音に変化し、全体は後半の鼻音の重子音になります。両者の発音部位が同じ場合にのみこの音便が起こることに注意してください。例えば、хӈ という連続は ӈӈ になり、пм は мм になります。
ただし、ш, ж, ц, ч はこの音便を引き起こしません。例えば、шм は шм のままです。
また、с, з は単語によってこの音便を引き起こしたり引き起こさなかったりします。例えば、сн という連続は нн になる場合と сн のまま保たれる場合があります。
〈鼻音+阻害音〉の音便
鼻音の後に阻害音が続いた場合は、前の鼻音の発音部位が後ろの阻害音と揃えられます。例えば、нҕ という連続は ӈҕ になり、мс は нс になります。
実例
子音連続が発生して音便変化が起こり得る典型的なパターンをいくつか挙げておきます。
まず、名詞や形容詞の変化において、具格を表す -зат が付けられた場合です。語幹の最後の子音と з の間で子音連続が起きます。
- бе̄жжам「赤い」→ 具格 бе̄жжанзат
- фе̄ххат「空」→ 具格 фе̄ххаззат
2 つ目に、語幹が〈単子音 + а + 単子音〉で終わる名詞や形容詞は、赤性・主格の形以外で а が落ちるので、語幹内部で子音連続が起きます。
- ке̄таш「文字」→ 対格 ке̄чча, 与格 ке̄ччес など
3 つ目に、語幹が〈単子音 + 短母音 + 単子音〉で始まる名詞や形容詞は、定を表す ле-/ло- が付くと短母音が落ちるので、このときも語幹内部で子音連続が起きます。
- дозе̄ско「図書館」→ 定 леззе̄ско
4 つ目に、語幹が〈単子音 + а + 重子音〉で始まる動詞は、一人称複数を表す баме-/бамо- が бам- になるので、この м と語幹の最初の子音の間で子音連続が起きます。
- халле̄ф「浮かぶ」→ 一人称複数 баӈхалле̄ф
5 つ目に、語幹が〈単子音 + а + 単子音〉で始まる動詞は、接頭辞が付くと а が落ちるので、語幹内部で子音連続が起きます。
- дасо̄к「格」→ 三人称・定 ассо̄к, 二人称 сессо̄к など
このように、語形変化によって子音連続が起こることは結構あります。以降で学ぶ新しい文法でも子音連続が起こり得るものがあるので、特定の子音が連続すると音が変わる場合があることを忘れないようにしてください。
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これらの一見不可解な音便変化は、с, з, ж で表される音がもともとは異なる 2 つ以上の音だったことに起因します。例えば、с の発音は /s/ ですが、これは /s/ と /θ/ という異なる 2 つの音が合流したものです。сш→чч という変化はもともと /θʃ/→/t͡ʃt͡ʃ/ だったわけです。 ↩
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