この記事は、語学・言語学・言語創作 Advent Calendar 2024向けに書かれた記事です。
また、内容的には過去にTogetterでまとめた内容を再構成して加筆修正したものになります。
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みなさんこんにちは、毎度おなじみのスライムさんです。今回は、人工言語アルカの総括をしていきます。前半では様々な種類のアルカの列挙とそれぞれの特徴的な仕組みを説明します。後半では、様々な点について議論をしていきます。
1. アルカの種類とそれぞれの特徴
1-1. アルカの種類
アルカは大きく下記の5つに分かれている。
- 古アルカ ネットに公開される前の時代からあるとされるアルカ。ただし本当に存在していたのかは証拠性に乏しい。
- 制アルカ 2005年に2chに公開された時のアルカ。アルカの公式サイトによると、2001年から作られてたことになっている。その後、2008年に改定されるまで続いた。
- 新生アルカ 2008年に改定された以降のアルカ。その後2013年まで開発が続いた。現在広く知られているアルカはこれがベースになっている。
- 俗アルカ 2013年以降、協力者によって拡張されているアルカ。新生アルカの単語を引き継ぎ、その後必要になった単語が追加され続けている。現在、単にアルカといえばこれを指すと考えられる。
- 結アルカ 2013年以降、新生アルカをベースにセレン氏が個人で作成してるアルカ。俗アルカとは分岐している。
1-2. 古アルカ
2001年頃から存在しているとされているが、インターネットに資料上がっていたわけではないため、証拠性に乏しい。また資料もあまり多くはない。古アルカとされているアルカの特徴としては、
- 表意文字の使用
- 音象徴を使った造語
があげられる。音象徴については、後述の議論で取り上げる。新生アルカの一部の語彙で古アルカ由来のものが存在する。
1-3. 制アルカ
インターネット上に公開された初めてのアルカ。下記のような特徴がある。
- 時制や相を表す接辞
- n対語
- 組み数字
1-3a. 時制や相を表す接辞
動詞の末尾に時制や相を表す接辞が付くのは、エスペラントなど他の人工言語でもよく見られる仕組みと言える。ただアルカだとこの後のアルカにもこの仕組みが引き継がれていくので、ここで特徴としてあげておく。なお、制アルカでは文字で表記する場合、動詞と接辞の間にハイフンが間に置かれる。
1-3b. n対語
次の、n対語というシステムは、実に特徴的である。「上下」や「春夏秋冬」など、世の中にはペアになる単語が存在しているが、これらの単語を母音交替で作るというシステムがn対語である。記憶の圧縮になる反面、反対の意味の単語が似た発音になってしまうという問題があった。この辺りの考察は後述の議論で実施する。
1-3c. 組み数字
最後の、組み数字もなかなかに特徴的である。これは全体の数が分かっている集合の中で何番目かを表す単語である。日本語で言うなら「8人中の1人目」のような意味なのだが、これを1語で表すのが組み数字である。
1-4. 新生アルカ
新生アルカは制アルカから大幅に語彙が入れ替わっている。また、下記のような特徴がある。
- メルテーブル
- 死生動詞
- 7相アスペクト
- 代名詞の位相
- 大量の格詞
1-4a. メルテーブル
似た発音の語が大量発生してしまう制アルカのn対語の代わりに、メルテーブルという仕組みが一部の語で導入されている。音素毎に対となる音素が指定されており、その表をメルテーブルと言う。メルテーブルに従って単語内の音素を全て入れ替えると、対になる単語が生まれるという仕組みになってる。音素が大幅に変わるので、最小対立の乱立を防いでいると思われる。
しかしながら、ペアにする語の恣意性や適用範囲の問題がある。これも後述の議論の章で取り上げる。
1-4b. 死生動詞
次に取り上げる特徴は、死生動詞というもの。死生動詞は、コロケーションの問題をある程度解決するために生み出された手法と言える。日本語では「傘を開く」も「会議を開く」もどちらも「開く」というが、英語ではopenとはいわない。このようにどの動詞と名詞を組み合わせて使うのかをコロケーションという。
アルカは、人工言語におけるコロケーションの問題を指摘しており、アルカにおけるコロケーションの問題をある程度解決する仕組みが死生動詞である。前述の「傘を開く(閉じる)」の例では「傘の機能がオン(オフ)になる」と考える。会議の例も「会議というイベントがオン(オフ)になる」とに見なして、オン=生、オフ=死に対応する動詞で統一的に表すというものである。
死生動詞は非常に上手いと思っており、後述の議論でも取り上げる。
1-4c. 7相アスペクト
人工言語界隈では、「そうなのね」と言われる話題。
英語で言うところの「完了形」のように、文が表している事象がどの段階にあるのかを表す要素のことをアスペクト(日本語では「相」)という。そうなんです。自然言語でよく出てくるのは、完了相と未完了相の対立で、日本語もこの対立となっている。英語であれば進行相が加わる。この辺の話を細かくし、7相のアスペクトを設けたのがアルカのアスペクト論である。
1-4d. 代名詞の位相
新生アルカではキャラクタ毎に自分や相手を指すときの人称代名詞が変わる。男女だけでなく、性格などでも使い分けがある。日本語の場合、女の子が「僕」を使ってると「僕っ子だ!」となるのと同じような感覚で、性格で人称を使い分ける。
小説などで雰囲気を演出するのに使えるシステムと言えるが、他の人工言語でこのようなものが取り入れられているのは見たことがない。
1-4e. 大量の格詞
格詞というのは、英語でいうところの前置詞であり、文の中で名詞がどの格のものであるかを表す機能語である。意味を厳密に決めようとするアルカは格を表す格詞がかなり多く定義されてる。(とはいえ、その大部分はあまり使われておらず、よく使う少数の格詞を覚えておけば実用上はもんだいない。)
格の問題は他の人工言語でも問題になるため、後半の議論でとりあげる。
1-5. 俗アルカと結アルカ
俗アルカは、新生アルカの文法と語彙は変えずに、2013年以降に必要に応じて単語が追加されているアルカである。そのため目立った特徴はない。
結アルカは俗アルカとは別にセレン氏が開発しているアルカである。詳細は不明。
2. 議論
2-1. 音象徴はアプリオリか
古アルカの時代には、日本語の1音節に対して、それぞれの音から想起されるイメージ・意味が割り当てられていた。(参考:atwikiの記事)これは音象徴と言われるものである。典型的にはオノマトペなどが音象徴で、言語学において研究対象にもなっている。
古アルカにおける音象徴は、日本語の音節構造に基づいたものであった。ここのため、日本語話者としての感覚が音象徴に暗に反映されているのではないだろうか。ところで、アルカは単語のアプリオリ性を重視していた人工言語である。すなわち、単語の由来が既存の言語によらないことを謳っていた。しかしこの音象徴に日本語の感覚が反映されているとすれば、アルカの単語には日本語の影響があることになり、アプリオリ性に傷がつくことにならないだろうか。
もっとも、古アルカの時代からアプリオリ性が重視されていたかどうかは、よく分からない。また、新生アルカ以降に古アルカ取り込まれた単語は限定的のため、大した影響はないとも考えられる。そもそも完全なアプリオリというのは無理なので、重箱の隅をつつくような話である。単音節が持つイメージを明示的に示しているという点は評価に値すると言えるだろう。
2-2. 反対の意味の語で最小対立を量産してしまうn対語
制アルカにおいては、母音交代によって対義語やペアになる単語を生み出していた。これは単語を記憶するにあたっては便利である一方、実用する場合には聞き間違いによる意味の取り違えが発生しやすいという弱点がある。しかも母音を間違えてしまうだけで真反対の意味になってしまう可能性すらある。これはなかなかに致命的のように思える。この問題からか、後期の制アルカでは対義語を強調して言う言い方が生まれていたり、新生アルカではメルテーブルという仕組みが生まれたと私は推測している。
もっとも、人工言語一般において、このように僅かな音の差で意味が変わるパターンはしばしばみられる現象である。エスペラントの動詞の時制も母音1文字の差であるし、ヴォラピュクにおいてもそうである。人工言語には実用していった結果の淘汰というものが起きにくいため、このような構造が残りやすいと思う。人工言語を作成する場合は、このような点を少し考慮して設計すると、実用に耐えられるものになるのではないだろうか。
この辺の話を踏まえて、私は「聞き間違いバッファ」という考え方を生み出してる。すなわち、ある程度最小対立を避けることで、多少の言い間違い/聞き間違いが発生しても問題が無いようにしておくという考え方である。
そのために、工学的な手法を取り入れ、チェックディジットやチェックサムのような部分を単語に埋め込む工夫をしている。
2-3. メルテーブルの恣意性と適用範囲
新生アルカにおいて対義語を生み出す仕組みとして考案されたのがメルテーブルである。これは制アルカのn対語が聞き間違いに弱いという反省に基づいて考案されたと私は推測している。テーブルに従って音素を入れ替えるので、語形が大幅に変化し、聞き間違いの問題は解消される。
しかし、いくつか問題点がある。1つ目は対にとなる単語が恣意的過ぎる場合がある。「大きい」「小さい」が対なのは自然だが、「イヌ」と「ネコ」が対になってたりするのは、恣意的が過ぎると言える。2つ目は、メルテーブルが適用されるのは、基本的な単語の場合のみで、高級語は反対語を作る接辞を使うことになってることである。結局、その単語の対語がメルテーブルで作られるのか接辞で作られるのかは覚えておく必要がある。3つ目は、メルテーブル変換するのは一手間かかるという点である。会話している最中に単語を思い出そうとする場合に「えーっと…」と間が開くだろう。結局、対語は普通に覚えることとなるだろう。記憶のとっかかりにはなると思うので、メルテーブルのお世話になるのはアルカ学習初期に限られるだろう。
2-4. 死生動詞にみられるポリモーフィズム
新生アルカにおいて、コロケーションの問題を包括的に解決する仕組みが死生動詞である。これはプログラミングにおけるオブジェクト指向の「ポリモーフィズム」に通じるものがあり、私は大きく評価している。
ポリモーフィズムというのは、内部的には全く違う動きをするものでも、外面的には同じ名前で予防というものである。例えば「再生ボタン」というものがポリモーフィズムの代表例と言える。CDプレイヤーやBDプレイヤー、YouTubeの動画などに「再生ボタン」という同じ名前のものが付いており、それぞれ押すと何かしらの再生が始まる。しかし内部的な処理はそれぞれ全く異なる。このように違う処理のものに同じ名前の処理名が与えられているのをポリモーフィズムという。
死生動詞はまさにポリモーフィズムになっており、上手い仕組みだと評価する。とは言え、自分が作る言語にうまく取り込めた試しがなく困っている状態ではある。
2-5. アルカのアスペクト論
前述したが、アスペクトとは文が表している事象がどの段階にあるかを表す概念である。アルカは7相のモデルになってる。(参考:アルカのアスペクト論)正直、ここに書かれてる7相モデルは過度な分類をしているようにも思える。「座る」という動作の例が記載されているが、逆の立ち上がり始めた相が存在しており、それは「立つ」の開始なのではないかとも思える。
この辺りのアスペクト論はアルカに影響を受けた世代では色んな議論になっており、面白い部分ではある。
2-6. 格の問題
言語学における格の考え方で、表層格と深層格というものがある。表層格は形式的に表れている格標識で、深層格は実際に表そうとしている意味の方を指す。例えば、日本語では格を表示するのに助詞を使うが、表示された助詞が表層格で、その助詞が表そうとしている意味が深層格である。助詞の数は限られている一方で、助詞が表そうとしている意味は膨大であるため、1つの助詞は多様な深層格を持つ。これは日本語に限った話ではなく、英語の前置詞も同様の状態になっている。
アルカではこの多様な深層格を表すために、実に多様な格詞が用意されている。意味を厳密にする過程で、表層格と深層格の一致を目指したのだと推測される。しかし、実際に使用される格詞は限られており、あまり意味がない状態とも考えられる。
なお、ロジバンはこの問題に Place Structure(PS)と呼ばれる方法でこの問題にアプローチしてるので、ご興味がある方は参考にしてください。
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