わたしは最近孤立語ばかり作っていて、膠着語連盟兵務部から命を狙われることも多々あった。幸い、弁慶の泣き所以外に銃弾をくらっても死なぬ身体に鍛えたから、いままでずっと生きて孤立語を作ることができている。
しかし、イテリメン語やタイヤル語の学習をはじめて、ふと、膠着語をふたたび作ってみたくなった。
ふたたび、というのは、小学生から高校までつくっていたバター語というのが、日本語によく似た文法をもつ膠着語だったからだ。しかし、バター語をいまさらつくる気はあまりないので、新しく作ってしまおう。
まずは音韻体系をつくる。これは、夜食に電気パンをたべていたら、すぐに思いついた。
子音(上段が音声記号、下段がつづり)
p b m f t d n s l ʃ tʃ ʒ j k ŋ ʔ h w
p b m f t d n s l x c j y k g ' h w
f, s, x, c, j以外は音節末にも来る
ŋをg、ʃをxと書くのに注意が必要な程度で、あとはべつに何でもない。
母音
i e a ə u o ɔ
i e a ơ u ư o
と決めた。
音節構造は、二重子音を許さぬことにして、(C)V(C)とした。ネ語とはちがって、たまにはなるべく発音しやすいようにしてみようと考えた。
発音しやすい言語をつくる人も多いが、わたしは、自然言語に似た人工言語をつくるのが好きだ。外国語学習で毎回発音に苦しんできた経験から、たいていの言語には日本語に無いむずかしい音があるだろうとみて、ある程度発音に苦しむようにつくっている。しかしアアダン語は、いつもと違ったことをやりたいと思ってつくった言語だから、今回は例外的にシンプルな音韻体系とした。
また言語名は、適当に意味もなくA'adag語とした。
ところが困ったことに、単語があまり思い浮かばない。ライプツィヒジャカルタリストをみながら、以下の7語をつくったところで、何もでてこなくなった。
火 kabơl
鼻 fiti
水 ưgoh
口 waso
舌 hatam
血 xicik
骨 yale
「骨」の次が出てこぬので、この日はもう寝てしまうことにして、単語作成は翌日に持ち越しとなった。造語では、どうしてもアイデアが出てこなくなることもあるので、調子が悪かったら寝てしまって明日に回すのもたいせつであると思う。
翌日。朝食の槍投げパンを食べた後、もっと単語をつくってみることにしたが、やはりどうも思い浮かばぬから、散歩をしながら考えることにした。歩きながらだと、思考が加速する性分なのだ。
わたしが住んでいるのは、西早稲田にある9999階建てのマンションで、その最上階ともなると、酸素がまったくなく、息苦しくて大変である。エレベーターもないから、散歩しに外に出るのも一苦労だったが、言語作成のためだと割り切って、20分もかけて階段を下りきった。
外に出る。真夏の東京はちょっと蒸し暑い。天気予報によると、おおむね摂氏127度ほどであり、川の水もぐつぐつと煮立って、今にも蒸発しそうだ。熱中症にはなるまいと、自販機でアクエリアスを購入して、川沿いの堤防を歩く。
前述のとおり、歩きながらだと頭が回る。
まず、オーストロネシアっぽさを出すために、母音音素の数を減らそうと思い立ち、i u o aのみとした。また、-jと-sも許容することとした。さらに、子音音素qを追加した。
単語もぼちぼち出てきた。わたしはぼーっとしていると意味のない音が思い浮かんで口に出してしまうくせがあるので、歩きながら「tukdah, tʃiniʔ, fikuj…」などとぶつぶつ言っていた。
リストを見ながらではないが、適当に目に入ったものを造語していった。以前の記事でも書いたが、造語する語が思いつかぬときは、目に入ったものをなんというか考えるといい。言語を作るために散歩にいくことは、気分転換だけでなく造語のネタを探す意味でも重要である。
以下、歩きながら作った単語である。
死体 tukdah
川 cini'
道 fikuj
牛 lulug
化け物 potopoto
霊 wisas
老人 wuwun
人 ba'xaq
ある程度単語ができて、次は文法ということになったが、わたしの浅い知識ではどうも心もとない。そこで、大学の図書館にいって、タガログ語やトルコ語のニューエクスプレスでも借りることにした。
15分ほど歩いて、泥犬文科大学図書館に着いた。学生証でひらくゲートをくぐると、貸出カウンターにいる司書が棒で生の鶏肉をガンガン叩いているのがみえる。カウンターに直置きするのは衛生上どうなんだ、と心の中で文句を垂れながら、言語学コーナーをめざす。
しかし2階にあがって、閲覧席の方をみて仰天した。ぱんぱんに膨らんだリュックを背負った2人の男性が、聞いたことがない言語で立ち話をしていたのだが、よくきいてみると、
「何とかなんとか、waso ba'xaq何とかなんとか…」
wasoにba'xaq。まさしく、わたしが昨日と今日作った、アアダン語の単語ではないか。これは後置修飾で「人の鼻」と言っているものか。
幻覚かと思ったが、男の鼻の穴にちょっと指をいれてみると、確かに実在のヒトの感触がある。どうも、これは幻ではなく、私の人工言語創作が生み出した目的論的人間であるようだった。
いまアアダン語を話せるわけはなかったのだが、わたしは授業で習ったモノリンガル・メソッド(共通言語のない相手に対して、言語調査をする方法)を駆使して、アアダン語の格体系を聞き出すことに成功したのである。
ogoh「水」の格変化
絶対格 ogoh
能格 ogoh-uh
与格 ogoh-u'ul
具格 si-ogoh-u'ul または si-ogoh
場所格 ogoh-mig
欠格 ogoh-u'ulan
さらに、調査によって、動詞に接尾辞だけでなくいくらの接頭辞、接中辞がつくこともわかったが、そのはたらきまでは、理解することができなかった。
しかし、意図せず、ネイティブスピーカーからの調査によって、文法項目を少し埋めることができた。欠格という比較的めずらしい格が生き残っていることや、接中辞があることに感動をおぼえる。
わたしは男たちに礼を言うと、本を借りるのもわすれて、スキップしながら図書館を出ていった。しかし、この言語をこれからもつくりつづけるかは、未定である。ネ語をつくるのにつかれて、気分転換をしたいときなどに、作っていければいいかな。
Oldest comments (3)
まるで現実に在るかのような語り口で・・・・・・。
本当にあったのであれば、お礼を言い忘れずやっていこう!
言語の話よりもパワーワードが多くて話が入ってこない…
・電気パン
・やり投げパン
・9999階建てのマンション
・しかもエレベーター無し
・摂氏127度
・それに対応するアクエリアス
・散歩しながら死体や化け物が目に入る
・司書が棒で生の鶏肉をガンガン叩いている
・男の鼻の穴にちょっと指をいれてみると、確かに実在のヒトの感触がある。
言語の話、参考になります。
いつも外部サイトで書いている日記のような調子でここで書いてみたらどういう反応がくるか、と試してみたくて投稿しましたが、今後はネタは抑えめにしようかと思います。