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「語順が自由な言語」を作ってみよう

この記事は、語学・言語学・言語創作 Advent Calendar 2025 の19日目の記事です。


こんにちは! ふぃるきしゃです。今年もアドカレの時期ですね。1年経つのが早すぎて恐怖を覚えますね~!

さて今回は表題の通り「語順が自由な言語を作ってみよう」です。先日の人工言語コンペ第13回でお題募集があったのですが、私が提出したお題がこれだったんですよね。残念ながらこのお題が選ばれることはなく私がコンペに作品を出すこともなく終わったんですが、まあ思いますよね。「自分で考えたお題なんだから自分で作れるだろ!!」……と。

とういうわけで、今回は自分で考えたお題「可能な限り語順が自由な言語を作ってください」に沿って言語を作っていきます。


1.S・O・Vを自由にしよう

ここからは段階的に語順の自由度を上げながら言語を作ってみましょう。まずは、「語順」と聞いて真っ先に思い浮かぶ主語・目的語・動詞の語順から。これらの要素を自由に並べるには、やはり形態的な格表示が必要です。それがない場合、固定語順で格を示すことになり、語順の自由度が失われてしまいます。

格表示の方法には、単語自体の語形変化、接辞、接置詞の使用の3つが考えられます。接置詞を使うのは今回は却下。前置詞・後置詞のようにさらに語順が発生してしまうからです。語形変化についても、単語の構造を後から調整するのが難しくなるので却下。ひとまず今回はオーソドックスに接尾辞で格表示を行うこととします。ついでに動詞にも述語を示す接辞をつけておきましょう。

ではとりあえず適当に単語を考えます。音素のセットはロジバンと同じにしときましょうか。

ana 私
enga 食べる者
ilco りんご
-t 述語
-s 主格(主語)
-n 対格(直接目的語)

enga「食べる者」に述語接辞をつけると「食べる」になります。主語と目的語にも接辞を付ければ、もう自由語順の言語ができましたね!

ilcos anan engat. 「りんごが私を食べる」
ilcos engat anan. 「りんごが食べる、私を」
engat ilcos anan. 「食べる、りんごが私を」
engat anan ilcos. 「食べる、私をりんごが」
anan ilcos engat. 「私をりんごが食べる」
anan engat ilcos. 「私を食べる、りんごが」

でも述語に必要なのは主語と目的語だけではありませんよね。間接目的語や場所、手段が必要な場合もあります。それらの格接辞も作ってしまいましょう。

erdu 本
ele あなた
amu あげる
okcri 薬局
impi フォーク
-l 与格(間接目的語/着点)
-c 処格(場所)
-k 具格(手段)

anan amut elel erdus.
「私をあげる、あなたに本が」
impik anan okcric ilcos engat.
「フォークで私を薬局でりんごが食べる」

もう十分自由語順と言えそうですが、これではまだ日本語と同等レベルですね。まだまだ高みを目指しましょう!


2.修飾語を自由語順にしよう

項はさらに別の語の修飾を受けることがありますよね。その際にも語順が発生します。日本語や中国語では前置修飾が主ですが、フランス語やインドネシア語では後置修飾が主だったりします。今回は前後両方からの修飾を可能にしたいですね。そこでラテン語等に倣い、修飾語にも被修飾語と同じ格接辞をつけること(格の一致)で修飾関係を表しましょう。

ufko 青い
ave 美しい
orni 猫
isa 見る

ilcon ufkon isat aves ornis.
りんご-青い-見る-猫-美しい
isa aves ufkon ornis ilcon.
見る-美しい-青い-猫-りんご
「美しい猫が青いりんごを見る」

上の文を見れば分かる通り、格の一致のおかげで前置修飾でも後置修飾でも、さらには修飾語と被修飾語を離して置いても修飾関係が明確になりましたね。

上記は他言語でいう形容詞にあたる表現ですね。では「美しく」や「丁寧に」のように副詞に相当する表現はどうしましょうか。

これは「状態を表す格」を作って、項と同じように処理してしまいましょう。つまり、「美しい」を表す語は「美しいもの」、「丁寧な」を表す語は「丁寧なもの」という項として扱うのです。それらが「〜として」を表す格をとることで「美しいものとして」すなわち「美しく」、「丁寧なものとして」すなわち「丁寧に」という副詞的な意味を表すことにします。

embra 丁寧(なもの)
-m 様格(状態)

embram impin ornis engat avem.
丁寧(なもの)-フォーク-猫-食べる-美しい(もの)
「猫が美しく丁寧にフォークを食べる」

これも同様に、語順を入れ替えたり被修飾語から離しても問題ありませんね。


3.従属節を破壊しよう(???)

さて、ここまでの文法なら自然言語でもよくあることでしょう。本題はここからです。他言語では、名詞を修飾するのは形容詞1単語だけではありません。関係節や補文による修飾もあります。でもここで問題が発生。従属節の内部の要素を取り出して主節の要素とごちゃ混ぜに並べると、どれがどの語を修飾しているのか分からなくなってしまうのです。従属節と主節を混ぜこぜにしても意味が通るようにするにはどうすれば良いのでしょうか?

ここで「階層」という概念を導入しましょう。これにより文中のどの語がどの語を修飾しているかを明確化しやすくなります。まず、主節の述語を第0階層としましょう。述語は項をとりますから、その項は第1階層です。さらに項は別の項をとります。これが第2階層。そして第2階層の項がさらに項をとり、これが第3階層……というように、ある語が他の語の項になるに従って階層を下げていきます。

この階層の番号を単語に表示するのです。項自身の格、その項が修飾する1つ上の階層の項の格、そして階層の番号の3つを単語に表示すれば、文中のどこに単語を並べてもどれがどの項なのか示すことができます。

実際にやっていきましょう。「りんごは私を食べる猫を見る」と言いたいとします。まず関係節を除いて「りんごは猫を見る」を作文しましょう。

isat ilcos ornin.
見る-りんご-猫

次に、この文の「猫を」を「食べる猫を」にしてみましょう。どのように表すかというと、2で作った「青いリンゴ」や「美しい猫」とかと同じです。「猫」と「食べる」の格を一致させるのです。

isat ilcos ornin engan.
見る-りんご-猫-食べる者

1で、engaは「食べる者」を表し、それに述語接辞を付けて「食べる」にするのだと言ったのを覚えていますか? 実はこの規則を作ったのは他でもない、このような修飾のためだったのです。上の文では「猫」と「食べる者」は格が一致しています。格の一致は、この言語では「論理積」を意味します。つまり、「猫」かつ「食べる者」、よって「食べる猫」になるというわけですね。

「美しい猫」や「青いリンゴ」も理屈は同じ。「美しいもの」かつ「猫」だから「美しい猫」、「青いもの」かつ「リンゴ」だから「青いリンゴ」という意味になるわけです。

さて、いよいよ今度は「食べる猫を」を「私を食べる猫を」にしていきましょう。「私を」は「食べる(者)」の対格の項です。どう表せばいいでしょうか? 

答えはシンプル。まず「食べる(者)」と格を一致させます。そしてそこにさらに、対格接辞を付加します。間には緩衝母音のy (曖昧母音)を挟みましょう。

isat ilcos ornin engan ananyn.
見る-リンゴ-猫-食べる者-私

これでananyn「私」には2つの格接辞がついたことになります。さて、主節と従属節をごちゃ混ぜにしても意味が通るようにするには項に何を表示すれば良かったでしょうか? そう、以下の3つです。

・その項自身の格
・その項をとる一つ上の階層の項の格
・その項の位置する階層

今ana「私」には2つの格接辞が付いてana-n-y-nになっていますね。一つ目のnはanaを項として取るenga「食べる者」の格。二つ目のn はana自身の格。そして2つの接辞がついていることによって、anaが文の第2階層(述語の項の項)であることが分かります。主節と従属節を混ぜても良い条件を満たしてますね! では試しに語順を滅茶苦茶にしてみましょう。

engan ilcos ananyn isat ornin.
食べる者-リンゴ-私-見る-猫

この文を分析するとどうなるでしょうか?

enga-n「食べる者」
・格接辞が一つ→第1階層(第0階層:述語の項)
・対格接辞→述語の対格の項
ilco-s「リンゴ」
・格接辞が一つ→第1階層(第0階層:述語の項)
・主格接辞→述語の主格の項
ana-n-y-n「私」
・格接辞が2つ→第2階層(第1階層の項の項)
・1つ目は対格接辞
・2つ目も対格接辞→第1階層で対格をとっている項の対格の項
isa-t「見る」
・述語接辞→第0階層(述語)
orni-n「猫」
・格接辞が一つ→第1階層(第0階層:述語の項)
・対格接辞→述語の対格の項

よって、

  • 述語はisa「見る」
  • 述語の主格の項はilco「リンゴ」
  • 述語の対格の項は「食べる者」と「猫」、論理積で「食べる猫」
  • 「食べる」の対格の項は「私」

すなわち「リンゴは私を食べる猫を見る」という意味が無事復元できましたね!
 
ということで、従属節と主節の要素の語順まで自由な言語が出来上がりました。


……と思っていたのかァ!!!!

……はい。実はこの言語には欠陥があります。お気づきでしたか?(私はここに至るまで全然気づかなかった)

さっき私は、ananynは「1つ上の階層で対格をとっている項」、すなわちengan「食べる者」の項だと言いましたね。でもよく見てください。これと同じ条件に当てはまる項がもう一つあります。そう、ornin「猫」です。

つまり、同じ階層で論理積になっている複数の項がある場合、どれを指定しているのかが分からなくなってしまうのです。よって、同じ階層に位置する複数の項を区別する必要が出てきました。

さっき、ananynのように、1つ目の格接辞と2つ目の格接辞の間に特に意味のない緩衝母音を挟みましたね。ここに「1つ上の階層の項のうち、何番目の項を修飾するか」を表示することにしましょう。内容語とは異なる母音にしておきましょうか。

1番目:ä /æ/
2番目:ü /y/
3番目:ë /ɤ/
4番目:ö /ø/
5番目:ï /ɯ/

上記に従って先程の文を修正するとこうなります。

engan ilcos ananän isat ornin.
食べる者-リンゴ-私-見る-猫
「リンゴは私を食べる猫を見る」

これにより、ananänは「第1階層で対格をとっている項のうち、1番目の項」すなわちenganの対格項であることが明示できました。欠陥も克服し、完全に語順が自由な言語ができましたね!


ここまでやって気づいたんだけど

はい。ここまでグダグダとやってきましたが、私気づいてしまいました。

どうせ単語の順番を指定するなら、もう文中の全単語に番号を振って、それで修飾先の単語を指定すればよくね?

というわけで実践してみましょう。さっきいくつか単語を作りましたが、それらは全部VCVの構造でした。母音部分のミニマルペアはないので、子音部分のみを語根として抜き取って使います。

ana → -n-
enga → -ng-
orni → -rn-
ilco → -lc-
isa → -s-

これから作る単語は以下のような構造です。

V-C-V-C
固有母音-語根-修飾先の固有母音-格接辞

つまり、文中の全単語にそれぞれ異なる母音(固有母音)を割り当てます。そして別の単語の項となる場合には、その単語の固有母音を語尾に表示します。こうすればさっきグダグダ作っていたプロトタイプよりもシンプルなルールで修飾関係を明確化できます。

固有母音にはさっきまで使っていたy以外の10の母音を使いましょう。同じ母音が連続しない限りは、どのような母音連続でも構わないことにします。固有母音は、文中で他の単語と重複しなければ何を割り当てても構いません。ここでは分かりやすく、a、i、o、e、uの順に割り当てていきます。

angen ilces onan esyt urnen
食べる者-リンゴ-私-見る-猫

分析していきます。まず述語はesyt。固有母音はeです。述語は他のどの単語の項にもならないので、語尾には曖昧母音yを表示しています。angen、ilces、urnenの語尾にはesytの固有母音eが表示されているので、esytの項だと分かります。格接辞により、ilcesは主格、angenとurnenは対格で、angenとurnenが格の一致により論理積だと分かります。そしてonanはangenの固有母音oが表示されているのでangenの項。格接辞により対格項だと分かります。

これにより、「リンゴは私を食べる猫を見る」という意味が復元できました! さっきまでより断然シンプルで分かりやすいですね!

……はい、お気づきでしょうか? 上記の言語、実はさなすのさんが人工言語コンペ第13回で投稿していた色繋語と仕組みが全く同じです。色繋語は文中の単語に異なる色を割り振ることで修飾先を明示していましたが、今回私が作った言語は同じことを母音によって行なっているだけです。言うなれば、色繋語の音声言語バージョンというわけですね。全然違うお題なのに自由語順をクリアしているさなすのさんは何者なんだ……


おわり!!

というわけで、今回は語順が自由な言語を作ってみようというわけでした。なんか分かりにくい説明を続けた挙句、全部ひっくり返して既存言語と同じ結論に到達してしまったので何がしたかったんだよって感じですが……。やはり自由語順を達成するには、文中の全単語を何らかの手段で区別するのが一番手っ取り早いのでしょうか? 全く違う方法を思いついた方がいましたらぜひ教えてほしいです。

それではまた来年〜(もやるのかこれ?)


おまけ:過去に寄稿したアドカレ記事


      終
    制作・著作
    ━━━━━
     ⒻⓁⓀ

人気順のコメント(1)

たたむ
 
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zanariut

格の一致をさせる手があったのか…
参考になります!!!!!!!