山奥のさらに奥、外の世界から切り離されたような土地に、ツァツァン族は暮らしている。その中でも、特別な系譜として知られているのがアリンツァクン(’arĩcakũ)と呼ばれる者たちだ。彼らは病を癒やす者であり、同時に祈りを司る者でもある。ツァツァン族にとって、病とは単なる身体の不調ではなく、霊や世界の歪みが人に触れた結果であり、アリンツァクンはその歪みを正す役目を負っている。
彼らが医療と祈祷を行うとき、決して日常の言葉は使わない。代わりに用いられるのが、外部には知られていない秘密の言語だ。この言語もまたアリンツァクンと呼ばれ、祈り、診断し、治療を行うためだけに存在しており、言葉そのものに力が宿ると信じられている。
この言語は、ツァツァン語の峡谷部方言を基盤としているが、ところどころに山岳部方言の古い要素が混じっている。それは、アリンツァクンの祖先がかつて山の高みに住んでいた名残だとも、あえて古い言葉を残すことで霊との距離を保っているのだとも語られる。語彙は極端に偏っており、身体、病、霊、因果といった概念は細かく言い分けられる一方で、日常生活を語る言葉はほとんど存在しない。
アリンツァクンは世襲だ。生まれたときから、その子が継ぐべき道は定められている。言語は親から子へ、長い年月をかけて密やかに教えられる。幼い頃は意味も知らされずに音だけを覚え、成長とともに少しずつその力を理解していく。そして正式な通過儀礼を終えて初めて、完全な形で言葉を使うことが許される。
アリンツァクン語は単なる秘密の言葉ではない。それは医療の知識であり、祈りの型であり、世界がどのように成り立っているかという理解そのものだ。この言語が失われるとき、ツァツァン族の病の治し方だけでなく、世界の見方そのものが崩れてしまう――彼らはそう信じて、今日も山奥で言葉を守り続けている。
さあやってきました人工言語コンペ!
今回のお題は
特定の身分や職業や立場の人間たちが用いている言語を作ってください。
架空の身分や職業でも構いませんし、言語を話せるならば人間でなくても可。
とのことで私は山奥に住む民族の中に伝わる医療のための秘密言語を作ってみました。
まずは音韻行ってみましょう!
音韻
子音
| 両唇 | 歯・歯茎 | 側面 | 口蓋 | 声門 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 破裂音 | b, p | t, d | k | ' /ʔ/ | |
| 摩擦音 | s, š /ʃ/ | lh /ɬ/ | x | h | |
| 破擦音 | c /ts/ | ||||
| 鼻音 | m | n | |||
| 接近音 | w | r, l |
母音
| 前舌 | 中舌 | 後舌 | |
|---|---|---|---|
| 狭 | i /ɨ/ | o | |
| 中 | e /ə/ | ||
| 広 | a /ɶ/ |
ツァツァン語と大きく違うのは母音ですね。全体的に中舌よりです。
鼻母音も存在する。ã ĩ õ
ツァツァン語と違い、閉音節も許容される。
可能な音節は以下
CV
V
CVC
VC
強勢は後ろから数えて二音節目であり、長母音(マクロンで表す)。単語内に鼻母音を含む場合、もっとも左の非鼻母音にアクセントがつく。
文法
VOS
膠着語
格は接尾辞で表す。
元となったツァツァン語にいくつかの独自の文法要素が加えられている。
| 人称 | 単数 | 複数 |
|---|---|---|
| 1 | lha | lhar |
| 2 | ci | cir |
| 3 | e | eri |
独立形と接尾辞形は同じ形をとる。
名詞+接尾辞形で所有を表す
人称代名詞は主語や目的語にあまり用いられない。
自動詞、叙述形容詞の場合は任意の人称>3sgと同じ形を取る。
| S/O | 1sg | 1pl | 2sg | 2pl | 3sg | 3pl | 無生物 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1sg | - | - | wapu- -ci | lha- -ci | lha | lhar | lhalha- |
| 1pl | - | - | lha- -ci | ra- -ci | lhe- | ra- | lharar- |
| 2sg | wapu- -lha | ci- -lha | - | - | ci | cer | cece |
| 2pl | cir- -lha | ri- -lha | - | - | cir | ri- | cirir- |
| 3sg | -lha | -lhar | -ci | -cir | -e | -eri | -e'e |
| 3pl | er- -lha | re- -lha | er- -ci | re- -ci | e- | re- | erer- |
| 無生物 | -lhamu | -lharimu | -cimu | -cirimu | -emu | -erimu | -mu |
wapuは1>2 2>1の場合に用いられる接頭辞で昔の山岳方言には存在した。「信用」という意味の言葉が元である。
例
wapu'iruruci 私はあなたに与える
wapu'irurulha あなたは私に与える
lhalha'iruru 私はそれ(無生物)に与える
-r+Verbで子音連続が起きる場合、-ri+Vとなる。
| 数 | 形式 |
|---|---|
| 単数 | (無標) |
| 複数 | 最初の2音節の重綴(例 mutira>mutiramuti) |
単語を長くしたがる考え(祈りのため)があり、それが由来とされる
| 機能 | 接尾辞 | 例 |
|---|---|---|
| 場所 | -ũ | murũ(山で) |
| 起点 | -'a | muru-'a(山から) |
| 方向 | -n | murun(山へ) |
| 手段 | -i | nalhi(草で) |
| 一部 | -ci | nalhi-ci(草すこし) |
| 欠如 | -ni | nalhi-ni(草なしで) |
| 時制 | 接尾辞 |
|---|---|
| 非過去 | (無標) |
| 過去 | -ca |
| 不確定 | -ũ |
相
| 機能 | 接尾辞 | 例 |
|---|---|---|
| 継続 | -ĩ | hana-ĩ (煮ている) |
| 可能 | -a | tisi-a(切れる) |
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| Sのクラス接頭辞 | Oのクラス接頭辞 | 人称① | 語幹 | 人称② | 時制 | 相 | O=3動名詞(-ibu) |
| 文の種類 | 形式 | 備考 |
|---|---|---|
| 平叙文 | VOS | 基本語順 |
| 疑問文 | 文末 'a | 語順不変 |
| 否定文 | 文末 ru | 語順不変 |
| 願望・依頼 | 動詞 + -ma | 命令形の代替 |
派生接辞
| 派生先 | 接尾辞 |
|---|---|
| 〜するもの、〜であるもの | 'a- |
| 他動詞化 | ca- |
| 自動詞化 | mu- |
アリンツァクン語にはツァツァン語にはない名詞クラスがあり、薬草や傷、精霊などを区別するものがある。病気や薬草を意味するいくらかの単語はツァツァン語に医療用語として借用されており、多くの人が理解できる。
| クラス | 接頭辞 | クラス名(便宜) | 意味 | 対象範囲 |
|---|---|---|---|---|
| A | ma- | 治癒クラス | 回復・鎮静・保護 | 鎮痛草、解熱草、滋養草 |
| B | sa- | 強力クラス | 危険・転化 | 毒草、幻覚草、強心草 |
| C | mũ- | 儀礼クラス | 精神・境界 | 夢見草、清め草 |
| D | kĩ- | 創傷物クラス | 破損・露出 | 傷口、膿、出血 |
| E | ta- | 内部物クラス | 内臓・巡り | 血、息、体液 |
| F | na- | 状態クラス | 痛み・熱・衰え | 症状名詞 |
| G | ci- | 精霊クラス | 精霊 | 精霊やそれに関わるもの |
| H | bapi- | 神クラス | 神 | 神やそれに関わるもの |
| 0 | (無標) | 一般物クラス | 非医療 | 上記以外 |
名詞の接頭辞の他、記数法や動詞の活用で用いられる。また接頭辞として代・名詞に意味を付加することもできる。
基本数詞(ツァツァン語と共通である。)
| 値(10進) | 値(8進) | 数詞 |
|---|---|---|
| 0 | 0 | nu |
| 1 | 1 | na |
| 2 | 2 | re |
| 3 | 3 | ti |
| 4 | 4 | ko |
| 5 | 5 | mu |
| 6 | 6 | sa |
| 7 | 7 | lu |
位取り例(8進)
| 10進 | 8進 | 数詞表現 |
|---|---|---|
| 8 | 10 | na-nu |
| 9 | 11 | na-na |
| 10 | 12 | na-re |
| 15 | 17 | na-lu |
| 16 | 20 | ru-nu |
| 17 | 21 | ru-na |
| 31 | 37 | ru-lu |
| 32 | 40 | ti-nu |
| 63 | 77 | lu-lu |
| 64 | 100 | na-nu-nu |
分数用数詞(8分割基準)
| 分数 | 表現 | 説明 |
|---|---|---|
| 1/8 | nakĩ | 最小単位 |
| 1/4 | rukĩ | 2/8 |
| 3/8 | tikĩ | 3/8 |
| 1/2 | kukĩ | 4/8 |
| 5/8 | mukĩ | 5/8 |
| 3/4 | sakĩ | 6/8 |
| 7/8 | lukĩ | 7/8 |
クラス接頭辞の一音節目を重綴したものを助数詞として用いる。
例
na baba 1柱(神)
例文
登場人物
・クンルピ(kũrupi):部族一の医者
・ムスィク(musiku):クンルピの甥。名前の由来は猿。
・患者(kĩ-cacã※一般名詞):病を患ったためクンルピの家を訪れた人
※患者(kĩ-cacã)との会話はツァツァン語峡谷方言で行われている。
※ツァツァン語の場合はC、アリンツァクン語の場合はAと記す。
C
kĩ-cacã「a'a」
患者「ごめんください」
kũrupi「cī pusũ?」
クンルピ「どうしましたか?」
kĩ-cacã「kĩ macayālin. ī rĩcakũcirari ka?」
患者「病気を患っています。あなたたちはそれを治すことができますか?」
musiku「nurūpi! lhāri wapūci ma!」
ムスィク「もちろん!私たちを信じてください!」
kũrupi「kĩ purūka?」
クンルピ「病気はいつからですか?」
kĩ-cacã「rē māsu kũka」
患者「一昨日からです」
kũrupi「pūmu kĩ?」
クンルピ「どこが悪いですか?」
kĩ-cacã「tapīdu.」
患者「お腹です。」
kũrupi「rukutālha. musīk! 'ārĩcakũ xūpi lharaxūpi.」
クンルピ「わかりました。ムスィク!アリンツァクン語で話そう。」
A
musik「lharikūta.」
ムスィク「わかりました。」
kũrupi「macece'irūru māma mu mapudupūdu ī āca mā.」
クンルピ「腹痛を治す薬草5個と鍋を持ってきてくれ。」
musik「lharikūta.」
ムスィク「わかりました。」
煮込む、、、、
kũrupi「tacece'iruru re lulu i tata kukĩ tamusiku」
クンルピ「果実の皮2枚と猿の内臓半分を持ってきてくれ」
musiku「ayã!tālha?」
ムスィク「ええ!私の内臓ですか?」
kũrupi「būbu! tamusīku malūmu!」
クンルピ「違う!動物の猿の内臓だ!」
musiku「ayã....」
ムスィク「びっくりした、、、」
kũrupi「bāpilhari'kũpulhi bapipūdu īšo.」
クンルピ「共に腹の神に祈りを捧げよう。」
腹の神への祈り
bapipūdu
腹におられる神さま
tākĩeĩ kūsu cācã tapūdu rã.
この者の腑は深く傷ついている。
bapibapi'iruruē'e bapiwāwa bapipūdu mākusũ mā.
あなたの力をこの薬に与えたまえ。
ī,tūrũe'ibu 'ālharĩcakũ kūsu cācã makusū'i mā.
そしてこの薬をもってこのものを治すことを見守りたまえ。
C
kũrupi「kĩti kĩpūdu. durūnci kūsu lāwu mā.」
クンルピ「あなたの病気は内臓出血です。これをゆっくり飲んでください。」
kĩ-cacã「rukutālha」
患者「わかりました。」
kũrupi「kĩci murĩcākũ.bapibāpi.」
クンルピ「あなたの病気は治ります。お大事に(神に祈る言葉)」
musiku「bapibāpi」
ムスィク「お大事に」
kĩ-cacã「lhāpu!」
患者「ありがとう!」
こんな感じです
診療のワンシーンを例文にしてみました。
ツァツァンでは風邪をひいたらまずアリンツァクンを訪ねるという文化があり、このような人たちが多く訪れます。診療は基本ツァツァン語で行われますが、アリンツァクン同士で会話する際や祈りの際はアリンツァクン語を用います。ツァツァンの人たちにとってアリンツァクン語は一部の語彙はわかるが他は何言ってるかわからないみたいな感じです。
ムスィクが猿という意味を持つ名前で勘違いしてしまうシーンがありますが、ツァツァンの文化で動物の名前をつけるのが定番です。
グロスを用いた例文解説
bapipūdu
ClH.腹
腹におられる神さま
tākĩeĩ kūsu cācã tapūdu rã.
ClE.悪い.3sg.PROG PROX 人 ClE.腹 とても
この者の腑は深く傷ついている。
bapibapi'iruruē'e bapiwāwa bapipūdu mākusũ mā.
ClH.ClH.与える.3sg>INAN ClH.力 ClH.腹 ClA.PROX.ALL IMP
あなたの力をこの薬に与えたまえ。
ī,tūrũe'ibu 'ālharĩcakũ kūsu cācã makusū'i mā.
CONJ 見守る.3>3=GER NMLZ.1SG>3SG.治す PROX 人 ClA.PROX.INST IMP
そしてこの薬をもってこのものを治すことを見守りたまえ
終わりに
今回の人工言語如何だったでしょうか!
医療の秘密言語という設定はボリビアのカリャワヤ語からインスピレーションを受けました。なのでどこか南米のような雰囲気の綴りですね。文法はカムチャッカ半島のアリュートル語やネパールのキランティ諸語のような人称一致のような活用にしてみました。複雑でおもしろいでしょ?
こんな感じでいろんな言語から影響を受けてできました!おもしろいと思ったら是非!投票お願いします🥺
古い順のコメント(2)
めっちゃ儀式的なことやってるのに普通に内臓出血の薬出すの面白い
そういえば今回投票制でしたっけ…?
ありがとうございます!
あまりよく明記されていないですが、聴衆は感想を述べて審査員賞は審査員が最もお題に合っていると思ったものに与えられると書いてあります