筆者は言語学にわかなので間違いあったら指摘お願いします
ほとんどの言語には動詞があります。そして、その文法には各々の傾向があります。英語は完了形・進行形の区別が細かく、日本語は大抵「~た」で完了も過去も表現します。
人工言語においても、動詞の仕組みを決めることは重要です。そして、その基底となる思想を決めることで、文法に一貫性を与えることができます。
そこで、私の考える言語の基底となる考え方を定義しました。
1. 動作の捉え方
まず、ある動詞 について、状態 , をそれぞれ
- それが動作の最中である:
- その一連の動作が完了した:
とします。
1-1.
ある動詞 の動作が始まる時刻を 、終了する時刻を と定めます。このとき、状態 , をそれぞれ以下のように定義します。(参考: 図1)
| 状態 | 定義 | 例 |
|---|---|---|
| 公園に到着しつつある。(動作を完了しつつある) | ||
| もう公園に到着した。(すでに動作を終えた) |
図1:
この場合、動詞 は「動作を終えて初めて完了状態になる動詞」と言えます。どんな動詞でも当たり前と思われるかもしれませんが、異なるタイプの動詞を次に紹介します。
1-2.
全て同じ種類 の動詞が 個あるとして、 ( ) の始まる時刻を 、終了する時刻を とします。また、 の状態を , とします。
このとき、 と の関係が
である場合を考えます。また、 から までの一連の動作をまとめて とおきます。(参考: 図2)
図2:
このとき、 の状態 , をそれぞれ、
動作の開始と終了をそれぞれ、
と定めます。
, の場合を考えると、 と は同じ点だとみなせるので、状態 , をそれぞれ次のように定義できます。(参考: 図3)
| 状態 | 定義 | 例 |
|---|---|---|
| 公園を歩いている。(その動作を繰り返している) | ||
| 公園を歩いた。(公園を歩いたという事実がもうある) |
図3:
この場合、動詞 は「その動作をいつ止めても動作の完了とみなせる動詞」といえます。目標やプロセスを考えない動詞がこれに当てはまると考えられます。
1-3.
, のいずれにしても、より遠くからその動作を観察して、時間軸 上のある点とみなす場合を考えます。このとき、任意の動詞 の と を区別しないので、点 の 軸上の位置を とすると、その状態 , をそれぞれ次のように定義できます。(参考: 図4)
| 状態 | 定義 | 例 |
|---|---|---|
| ( 未定義) | ✕ | |
| 公園を歩いた。(公園を歩いたという事実がもうある) |
図4:
2. 視点の大きさ
1-1から1-3までは状態をもとに分類しました。しかし、動詞にのみ注目しているため基準となる時間が存在しません。
そこで、文中で話題となっている時間を と定め、前後関係を考えます。例えば、「昨日、公園を歩いた」ならば、今日を基準に過去の出来事を振り返っています。(参考: 図5)
図5:
ここで、「捉え方」と「視点の大きさ」という二つの尺度を定めます。
捉え方:
- 線で捉えるとは、動詞の動作途中だけを考えることです。必ず状態 が定義されます。
- 点で捉えるとは、動詞を時間軸上の一点と考えることです。状態 が常にfalseか、未定義です。
視点の大きさ:
- マクロな視点とは、 から までの状態 を考えることです。
- ミクロな視点とは、 の状態 を無視することです。
すると、1-1から1-3までの動詞は以下のように分類できます。
| 線で捉える | 点で捉える | |
|---|---|---|
| マクロな視点 | ✕ | 1-3 |
| ミクロな視点 | 1-1, 1-2 | 1-3 |
- 線で捉える-マクロな視点: 定義上存在しません。
-
線で捉える-ミクロな視点:
- 1-1型: プロセスの達成を考えます
- 1-2型: 動作が行われたかどうかを考えます
-
点で捉える-マクロな視点:
- 1-3型: 過去の動作が現時点で完了しているかどうか考えます
-
点で捉える-ミクロな視点:
- 1-3型: 一連の動作をしたかどうかを考えます
3. 時制
ある動詞に注目する時に、話者は時間軸上のある一点を指しています。注目する場所によって や の状態は異なるからです。例えば、「昨日公園を走った」という事実も、「昨日の2時、公園を走っている最中だった」とも「昨日の5時、すでに公園を走り終えた」とも言えます。
また、ここからわかるように、動詞の分類というのは流動的です。「歩く」という動詞について、それ自体を達成までのプロセスとも、あるいは単なる動作の繰り返しとも見ることができます。
これは や などとは異なる概念です。そこで、ある動詞について話者が注目している時間を と定義します。(参考: 図6)
図6:
動詞には時制がありますが、それは以下のように定義できます。
- : 過去
- : 現在
- : 未来?
「未来時制」は必要でしょうか?単純な時間軸の分割ならば、あってもよさそうですね。
しかし、日本語や英語には未来時制というものはありません。なぜでしょうか。私は詳しくは知りませんが、未来の出来事というのは、まだ現実に起こっていないという点で現在・過去と異なります。これは一つ言えそうですね。では、これをどうモデル化できるでしょうか。...。
また、「現在形」とはなんでしょうか。「私は走る」なんて、人生で言ったことが何回あるでしょうか。「地球は回る」との違いは何でしょうか。......。
未来や反実仮想の扱いについては、アイデアがまとまり次第別の記事にします。多分。






新しい順のコメント(2)
「地球は回る」に関してですが、自分は現在形とは全く別に「通時形」というものを考えています
通時系...つまり、常に成り立っている動作ということでしょうか?確かに「地球は回る」は一般常識や真理のニュアンスが強いですね。