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矛盾と混沌
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كباش وكانت【第11回人工言語コンペ】

苛烈な気候によって、歴史的に独特の言語や文化が形成されてきた……とある地域。過酷な気候を持つその地域は、特殊なエネルギー源によって産業革命を成し遂げ、高い生活水準を手に入れたという。
さて、産業革命によってこの地域の言語や文化はどのように変質したのでしょうか?

過酷な地域の様相について。(ケッペンの気候区分のA区分,B区分,E区分など)
気候によって形成された独特の言語や文化。
特殊なエネルギー源の詳細。
産業革命による言語や文化への影響。 これらを説明してください。

【資料1】 13世紀のムスリムの旅行家、サーリー・アル=ハキームの手記

この地域を拠点とする隊商から興味深い伝承を聞いた。ここから東へ数日進み、ちょうどサハラのど真ん中、誰もたどり着けないような場所に街があるそうだ。伝承では سراب الغيب(サラーブアルガイブ、目に見えない蜃気楼)と呼ばれていて、この町にたどり着いたものは聞かないという。言葉も我々とは違うような奇妙な異教徒が住む街であるそうだ。

サラーブアルガイブを探し歩いて数日、オアシスを一つも見ないような灼熱乾燥地帯であったが、アッラーの御加護ゆえに私はついにそれを見た。大地に巨大な穴が開いており、穴の内壁には窓や扉、通路が彫られている。私はそこに到着すると、階段を下りた。

住民は奇妙な出で立ちをしている。粗雑に顔の部分に穴を開けたボロボロな布を頭から上半身すっぽり被り、腰には長い布を巻き、底の厚い靴を履いている。
住民たちは私をもの珍しそうに眺めて口々にこういった。
بوغ سكوي ، داذ وتيكم قاف، وكم وكانتار
(ラテン文字転写:būgh skūī , dādh watīkam qāfi, wakam wakāntār)1
私は言葉が分からなかったので、身振り手振りで敵意が無いこと、遠くから来たことを伝えようとした。私はこのような経験を何度かしたことがあるので、慣れたものだ。彼等はしばらく話し合って、リーダー格らしき髭面の男が、ついて来いという風に合図した。

彼は私を、穴の内壁の中でもひときわ目立つ、装飾された巨大な金属の扉の前に連れてきた。彼が扉の横にある何か棒のようなものを下げると、扉は誰も触れないのに開いた。部屋の奥には、召使いに囲まれた、王らしき立派な人物が椅子に座っていた。部屋の中では誰も上半身に布を被っておらず、代わりに頭に冠のようなものを、王のみならず全員が被っていた。王の服装は特別豪華で、房が袖や首元を飾っている。
王はこういった。
بتار،ومكويال وتيكم جمار
(batār, wamakūyāl watīkam jamār)2
続けて色々と話した。

王は私に飲み物を与えた。その飲み物があまりにも冷たすぎたので、驚いて取り落としそうになった。
王はولكبم،موسكيلار(walakabam, mūskīlār)3と言って、私を奥の部屋に手招きした。そこには壁画が有った。

その壁画には、左から右へと、人々が穴に落ちている絵、水が豊富に湧いていたその穴の底で細々と暮らしているような様子、畑仕事をする絵、布を織る絵…と描かれている。描かれた年代は、右に行くほど新しいように見える。その右の端の方には、地面から水とは違う青い液体が噴出している様子が書かれている。

その部屋のさらに奥の部屋には、また壁画があった。さっきの壁画の続きのようであり、かなり新しい。鍛冶屋のような人間が青い水を燃やして鉱石の精錬に使っている絵、金属で色々な物を作っている絵。不思議な絵もあった。管を作って青い水を燃やし、反対側では水を管にかけている。管からは棒が生え、棒は円盤を回している。この不思議な絵を見ていると、召使いの一人が私を部屋の外に招いた。

しばらく歩くと、奇妙な物体がいくつか動いていた。さっきの絵で見たものだ。一つはは地下から水をくみ上げ、一つは水を噴き上げる箱につながり、他にも色々な仕事をしている。

街の老人が私に話しかけてきた。突然アラビア語で話し出したので私は驚いた。彼が語るには、彼は商人で、仲間とはぐれて砂漠の真ん中で迷ってしまったところでこの街を見つけたらしい。彼はこの街の住民となり、この街の言葉を身に着けたそうだ。語学に堪能であり、彼独自のやり方でこの言葉をまとめていた。この街の名前はكباش「クバーシュ(穴)」とこの街の言語で呼ばれ、この街の言語はكباش وكانت「クバーシュの言葉」もしくは単にوكانتار「我々の言葉」と呼ばれる。アラビア語ともペルシア語ともベルベル語とも全く無関係な言語であるようだ。

【資料2】サーリー・アル=ハキームの手記に付属している、كباش وكانتの文法と音声が書かれたメモを現代風に表現

音素(サーリーは「使われる文字」と表現)
子音:ʔ,p,t,k,q,b,d,g,f,s,kh,z,gh,j,m,n,r,l,w,y
(母音については不明だが、少なくともa,i,uは存在したはずである。)

文法
語順など
語順はVSOまたはVOSであり、前置詞が使われる。疑問文では形は変わらない。否定文は文頭にnajīを置く。
コピュラ文は述語-主語という順番で名詞を並べるだけで、特別な形は使わない。
動詞
動詞は人称、相、法により活用する。
・人称語尾
一人称単数:wa-語幹-l
一人称複数:wa-語幹-ral
二人称単数:wa-語幹-m
二人称複数:pa-語幹-mal
三人称単数:語幹(無標)
三人称複数:語幹-ral
・語幹の形成:
未完了・直説法:語根-ʔa
完了・直説法:語根(無標)
未完了/完了・接続法:語根-sta(sata?)
・分詞
受動分詞:-ānt
能動分詞:-ār
名詞
性の区別はない。(この点でも、近隣の言語とは大きく異なる)また、複数名詞は-wakを付けて作られるが、複数と単数で語幹の母音が交代する名詞がある。(例として、كاف/كفوك (kāf/kafwak、「人」)があげられている)
その他
奇妙な機械ができてから、王の在り方も変わり、言葉の使い方も変わった。かつての特権階級であった神官階級に対する特殊な敬語形人称語尾や独特の言い回しは、神官階級の衰退により消滅した。

【資料3】アル=ハズナーイー大学、イスマイル教授による分析

サーリーが訪れたクバーシュ(サラーブアルガイブ)という都市においては、サハラ砂漠の真ん中という苛烈な気候でありしかも孤立した都市であるというのに、13世紀にすでに産業革命のようなことが起きていたと言えるでしょう。仕事をしていた奇妙な物体というのは現代のスターリングエンジンに相当するものであり、青い水…おそらく一種の石油か何かでしょう…によって動かされていたのです。産業革命であるとするためには、なんらかの社会構造の変化がないといけませんが、クバーシュにおいては以下のようなことが起こったと推測されます。
変化前
●人力・畜力依存型の自給的農業社会
・食料生産は完全に人力、布などの工芸品は家庭内での手工業によって生産。
●物々交換中心の、小規模交換経済。特権階級の存在
変化後
●エンジン駆動の小規模分業社会
エンジンを用いた水汲み・織物生産など。生産が家庭単位から工房(エンジンを備えた生産施設)へ移行。水の供給、布の生産などで専門職が生まれる。
●王権主導による、再分配システムの構築。中央集権的な統制と、分配の公平化。
このように社会全体が大きく変化したと推測されるので、これは一つの産業革命と言っていいでしょう。青い水や金属資源、金属加工の技術など幸運が重なりこのようなことが起こったと言えます。
また、奇妙な点としては、穴の中で農業がおこなわれていたという記述がありますが、オアシスがあり水が湧いているとはいえ強烈な日光や籠る熱などで農業は難しいのではないかと推測されます。他にも、民族系統、クバーシュの位置、いつそこにできていつ滅亡したのかなど未だ謎の多いクバーシュについては、さらなる研究が待たれます。


  1. (おそらくクバーシュ語を学んだサーリー自身により、後から書き加えられた訳文:)外から来た人だ。なぜここに来たのか?私たちの言葉がわかるか? 

  2. (同上)旅人よ、私はあなたがここに来たことを歓迎する。 

  3. (同上)あなたは驚いたか、(面白い物を)見せよう 

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