ども、なめだったと思います。全ての人は色盲だと思います。
えっとね、最初に言いたいのが、ここで言う色盲は物理的なものではなく「精神的」なものです。
簡単に言うと、昔の人は空を灰色だと呼んでいました。それは水色という語がなかったし、もしかしたらその呼び方でいいと思ってたかもしれない。確か国際的な実験でどの言語を話す人がいちばん早く(それか正確・詳細に)色を説明できたかを調べたらロシア語を話す人が速かったとかなんだとか。
それって、それを説明する手段がなかったりそれ以上を説明しようとする意識がないからそうなってるんじゃないのって僕は思ったの。
で、その考えになってからかなり僕の考え方が変わったの。これ、ほかのことでもいえるわ。
絶対音感の人と絶対音感じゃない人はこれみたいな感じで、絶対音感じゃない人は音を音としかとらえてなかったりしてわかんなかったりするけど絶対音感の人だと音+高さがちゃんと認識できてるんだよね。
言葉の語彙がちゃんとしてる人と語彙力ない人でもこのことが言えるし、数直線とか誰が決めたのともいえる。もっとちっちゃくして書けばどんどん色弱(僕のキーボードなぜかしきもうって書けないんだわ、これから色弱にする)じゃなくなるけど、実質無限に細かくできるからいつまでも色弱なことには変わりないのかな?
で、一応この考えは僕の中に数年前からあったんだけど、なんで今更これを書いてるんだろうねって話よ。これからが本題ね、こっから前は前置きみたいなやつ。
理由は、「全ての言語には文法がある…」っていう記事を今さっき書いたんだけど、そこで僕がコンセプトだけ作った「文法のない言語」があって、それ、文法があるともいえるんだよね。
この言語、ただ文字をランダムにOSVでもSVOでもOVSでもどんな並べ方しても格変化なしで意味が通るっていうコンセプトなんだけど、これでももしかしたら文法があるかもしれないんだよね。
例えば、この「語順が関係なくて格変化がなく、それぞれの”格”によって全く関係のない文字の羅列を並べる」っていう現象を「文法」として「定義」してしまうと、それは文法になってしまう。
※まだ僕調べてないんだけどもしかしたらもうこれ文法になってるかもしれない。
まぁもうここらでいいでしょう。びぇびぇ
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