こんな質問が来て、ちゃんと記事を書いて考察すると言っておきながら一週間経っているのでいい加減ちゃんと考えていきたいと思う1。
まあ、それぞれの言語に対して音素ごとに目的に合わせて移し替える対象の文字(つまり、転写法)を決めれば解決じゃんという話ではあるが、日本に来た当時イェスカさんの脳内には日本語の転写法は無かったに違いない。
同じ音が複数の文字で綴られるという状況がリパライン語では幾つかある。一覧にすると以下のような感じだろうか。
おと | かきかたA | かきかたB |
---|---|---|
/Vw/ | Vw | Vu |
/Vj/ | Vj | Vi |
音節末 /s/ | c | s |
/f/ | f | ph |
/ts/ | z | ts |
/wV/ | wV | uV |
/jV/ | jV | iV |
/ʂ/ | x | sh |
/ju/ | ju | y |
この他にも連声による同化などで同じ音になる複数の綴りなどもあるが、音訳の上ではあまり関係ないので今回は考慮しない。
さて、実は 音節末/s/2 以下は簡単な話で大体左側の綴りを採用すれば良い事になっている。
音節末の /s/ は 語末の場合 〈s〉 で書いてしまうと緩衝母音が入ったときに有声化してしまうので 〈c〉 で統一したほうが分かりやすいと思われる。
/f/ で発音される 〈ph〉 の綴りは本来ユーゴック語やバート語に存在する [pʰ], [bʰ] の音素を持つ単語を借用する際に用いられる綴りである3。現代標準リパライン語にはこの音素がなく、これらの音素は /f/ と /p/ の二つで輸入され、綴り字では 〈ph〉 と書かれた。このため、転写として用いる場合 /f/ を表す意図で使うのは混乱を招くため避けるべきだ。
/ts/ で発音される 〈ts〉 の綴りはユエスレオネ連邦言語翻訳庁によって規定された綴り字では、一部の古典リパライン語由来の単語に用いられる。転写では基本的に 〈z〉 を使うべきである。
/ʂ/ も同じ理由で 〈sh〉 で書かれる綴りは古典リパライン語に由来する綴りである。
/wV/, /jV/ はそれぞれ子音としての /w/, /j/ を表す場合は、リパライン語でそう考えられる 〈w〉, 〈j〉 を使ったほうが自然だ。
/ju/ で発音される 〈y〉 はテシュティサポレーと呼ばれる民族性・地域性の強い異音で、リパラオネ系リパラオネ人は 〈y〉 を /y/ で発音するのが一般的であるのでこれも 〈ju〉 と素直に転写すれば良い。
問題はツイートにある /Vw/, /Vj/ の三つだ。
語末の場合、話は簡単で緩衝母音が入ったときの動作がその言語の本来の発音を写し取らないように思える場合 〈au', ai'〉 と書けばいい。例えば「相生」を音訳する場合 "ai'oi" となる方が良さそうだ。
"ajoj" にしてしまうと「アヨイ」になってしまうし、これに主格が付いて緩衝母音が入ると "ajojo's" 「アヨヨス」になり、もはや日本の地名かも分からなくなってしまう。
しかし、語末でない場合はどちらとも決めがたい。
〈Vu, Vi〉 と書いても 〈Vw, Vj〉 と書いても発音は変わらないし、歴史的にも 〈i〉 と 〈j〉、〈u〉 と 〈w〉 はデュテュスンリパーシェ碑文体4では元々同じ文字だった。一体「アイカツ!」は "ajkazu!" と "aikazu!" のどちらで転写するのが自然なのか?
あまりこういう解決法は好きではないが、定量的な情報を見てみることにしよう。
この条件でそれぞれの音素を含む理日辞書内の見出し語エントリーは以下の通りだ。
・[aiueoy]u([aiueoy]|$) 335
・[aiueoy]w([aiueoy]|$) 36
・[aiueoy]i([aiueoy]|$) 347
・[aiueoy]j([aiueoy]|$) 243
ううむ、Vu(C|𝄌)とVw(C|𝄌)は綴りの数がハッキリしてるから良いが、Vi(C|𝄌)とVj(C|𝄌)組が拮抗してるなあ。まあとりあえず、どっちもi/uが優勢だから、そっちで書いたほうが自然なんじゃないかという話になりそうだが、なんか納得がいかない感じがする。
結局のところ、答えは「どちらでもいい」ということなんだろう。どっちを使ってもリパライン語には(標準語に限って5)語幹の変化が無いわけだし、発音が変わったりする問題が起こることはない。ただ、規範が欲しいと思う人にとっては上の情報が参考になるという話なんだと思う。
そうなると、「アイカツ!」は "aikazu!" ということになるわけだ。
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ちなみに「eldjx」というのは拙作「Edixa lex dosnud jeskasti xici」のことである。ユエスレオネ連邦建国の礎となりの革命の姉とも言われるターフ・ヴィール・イェスカが日本に転移するお話。リパライン語原文で書かれ、日本語訳が存在する小説の一つ。 ↩
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音節頭の /s/ は 〈c〉 以外で書くことは出来ないので、この問題は音節末のみで起こる。 ↩
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もちろん "philifiar" などの例外はある。これらは中期リパライン語などにあった有気音を反映しているようだ。 ↩
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最古のデュテュスンリパーシェの字体。現代のそれと違って、幾つかの音素が一つの文字で表されている。 ↩
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デュイン方言は下位方言によっては、ゴリゴリ語幹が変化するので問題は更に複雑になる。 ↩
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