Migdal

Fafs F. Sashimi
Fafs F. Sashimi

投稿

彼がプーチン氏をPutinoと呼ぶ理由

「異世界語入門」の繋がりで知り合って、数年来チャットを交わし合っているエスペランティストがいる。
彼はもともとハルキウに住んでいた若いコンピューターエンジニアだったのだが、2022年に始まったロシアの攻撃によって西部へと家族ぐるみで疎開を余儀なくされた。日本のサブカルチャーが好きで、いわゆるギーク趣味の人で、お互いに気がしれた仲になると二人とも互いの国に行くことを約束し、彼が日本に来たときには私は味噌汁を、私がウクライナに行ったときには彼がボルシチをご馳走してくれると約束したものだった。ここでは彼のことをA氏と呼ぼう。

攻撃の前夜、A氏はDiscordのDMにいつものようにエスペラントでメッセージを送ってきた。内容は「世界の終わりが明日から始まる」の一文。私はいつも日本のサブカルについて熱く語り合っていた仲の彼のことだから、親しみを込めた何かの冗談だと思っていたが、次の日に見たニュースは現代を科学と人類の叡智によって発展した文明の21世紀だと納得するにはとてもじゃないが目を覆いたくなるような「悪い知らせ」を放映していた。

ある日、プーチン氏の話題がチャット中に出てくることがあった。私がガザの状況を嘆いていたとき、彼は「ウクライナの報道はプーチンとトランプのおしゃべり(babilo)のことばかりを取り上げるので、パレスチナの状況がどうなってるか知らなかった」と返してきた。私は手早くブラウザの新しいタブを開いてBBCの日本語サービスの記事を流し見すると、そこには勝ち誇ったような表情のトランプ氏の顔があり、二人は会談を行うと報道が流れていた。
ウクライナ人全員に訊いて回った訳では無いが、二人の会談にウクライナ市民の期待が集まっていないことは容易に想像ができるのだった。

そして、普通にプーチン氏を指すのに使っていた Putino という単語だが、彼は突如エスペラントで彼の名を呼ぶには相応しい言葉だと言い始めたのである。私は取り敢えず信用できるエス・エス辞書であるところのPlena Ilustrita Vortaro de Esperanto(通称PIV)のネット版を開いて、"putino"を入力してみた。
関西のエスペランティストの集まりで私は常に eterna komencanto と自己紹介していたのでエスの汚い言葉など "fek"「クソ」くらいしか知らないのだが "putin/o" はPIVに "Amoristino: Profesiulino pri amoro, prostituitino"とあり、"prostituiti" は "Devigi homon disponigi kontraŭ pago sian korpon al aliaj homoj, por la kontentigo de ties seksaj deziroj"「他人の性的欲求を満たすために、金銭と引き換えに自分の身体を他人に提供することを強制すること」であるからして "putino" というのは「女娼婦」という俗な言葉なのだろうということが見当がついた。

偶然プーチン氏の名前が「女娼婦」という単語と重なっていたのだ。こういうことは日本の首相でもよくあることで、麻生元首相は英語で "asshole"「ケツ穴」に聞こえるし、石破元首相は韓国語で "이시발"「このクソが」に聞こえるのと同じ言葉遊びのセンスである(なお、空耳を紹介しただけで各人を侮辱する意図はない)。

なるほど、戦争でめちゃくちゃになっている原因を、アバズレ呼ばわりして侮辱したくなるのは人間として理解できる感情ではある。
私は確かにそれくらい言っても良いくらいの人間だなと返答すると、彼は「それでも数え切れないほどの人間、動物、都市、自然、そして財産を破壊した者に対してはあまりにも弱すぎる名前だ」と現状を憂い、嘆くのだった。

彼は会話の終わりに「1945年、ヒトラーは敗北した。プーチンも遅かれ早かれ打倒されるだろう」と述べた。その暁には私を自分の家族のもとに迎え入れて、最高のボルシチをご馳走してくれるとのことだ。
彼自身はウクライナ人ではあるものの、母語はロシア語でウクライナ語は第二言語として習得する立場にある。そして、インターネットを通じて彼はロシア人の友達を持っていた。A氏と彼らは戦争以後にどのような関係になったかと尋ねると、心配してくれるようになったが、数少ない情報のリソースの中で彼らは不正確な認識を持ってしまっていると答えてくれた。彼らはそれぞれ一人の人間であり、元から悪い意志を持った人間というわけではないのである。A氏はこの現状をとても残念に感じていると述べていた。

私の力は無力だが、A氏の家やウクライナ、そしてロシアのPasporta servoのお宅にお邪魔することが出来る未来がより早く来るよう願わんばかりである。

Top comments (0)