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自世界の制作方針

私が作っていこうとしている念在世界(「現在世界」の対義語)1 の制作方針を,明文化してみようと思います.

と言っても,ほとんど制作はできていませんが.むしろ前もって制作方針を明文化しておくことで迷走を避けられることを期待して,まとめています.


目的

私の念在世界制作の目的は,それを通じて,現在世界を見る解像度を高めることです.

これは,〈言語体系は学習者の "間違い" に宿る〉ということ 2 にもいくらか似ていたり(似ていなかったり)すると感じています:他の体系を通すことが,ある体系の理解を助けるという点において.

直接的には,制作過程における現在世界についての調査と現在/念在世界についての考察が,間接的には現在世界を相対化することが,このような効果をもたらしてくれることを期待しています.

(以下の一連のツイートでも,関連する内容に言及しています:)

以上をごく簡単にまとめると、「趣味」です。

設定

制作対象の念在世界は,「有史以前のいつかに分岐した 3,現在世界の並行世界である」と設定しています.

そのため,現在世界のに似た陸地の配置をもつ "地球" に,我々と同様に言語を操るヒトがいます.ただし,現在世界と制作対象の世界の間に,言語の系統関係はないものとします(これは,言語におけるアプリオリ性を意味しません:設定上のことなのでそれとは別の話題です).

制作原則

制作にあたって破るべからざる原則は次のとおりです:

  1. 制作対象が自己矛盾しないこと.

以上です.

というのも,先述した目的に合うには,制作対象が well-defined な体系を為していればそれで十分だからです.

現在世界の言語学との整合性については,ある程度の合理的配慮をしたいと思いますが,あくまで参考です.言語学は記述主義であって規範主義でないため,これを絶対的規範とすることはしません.ただし,ヒトの普遍的性質に明らかに反するような場合(例:言語の線条性への違反)などは,自己矛盾にあたる(「ヒト」というものは制作対象の世界自身が内包するため)ので許容範囲外です.

念のため補足すると,物理・化学・天文学等の法則や事象については,現在世界のものをそのまま用います;制作対象の世界は現在世界と並行関係にあるからです.

なお,先ほど well-defined と書きましたが,これは〈制作対象の世界が一意に定まること〉は含意しないものとします.なぜなら,それは不可能だからです(論理的証明は注を参照→4).

アプリオリ性について

細部まで現在世界に似通いすぎていると先述の目的に沿わなくなるので,目的に沿う程度に "アプリオリ" たる合理的配慮はします.しかし,作者も現在世界との連続体ですから,現在世界の影響を厳密に全く受けない "完全なアプリオリ" の実現は原理的に不可能であると考えています.よって "アプリオリ" に過剰に固執することはしません.

むしろ,制作原則たる「自己矛盾しないこと」をみたすために,〈現在世界〉という〈自己矛盾しないことが自明であり,かつ観測可能である唯一の世界体系〉の事象を積極的に考えていきたいと思っています.その結果として現在世界に似た部分ができるかやその程度は,場合によるでしょう.


  1. 「現在世界」の対義語として「念在世界」を提唱しています.cf.)  

  2. 英語の動詞 swim の過去形は swam ですが,学習者はしばしば *swimed と言ってしまいます;これは決して秩序のない間違いではなく,規則動詞の変化から類推して「体系的に間違えている」のだといわれます. 

  3. 「分岐」と表現するのが正確なのかがどうにも引っかかりますが,とり敢えずそう表現することとします. 

  4. 制作した世界を記述するには言語を用いますが,これは有限種類の文字記号からなる線条性のある列で表せます.よって,〈「世界」を記述(定義)した文字列〉の全体集合は可算集合です.
    いっぽう,〈世界〉の全体集合はどうでしょうか.ここで,たとえば部屋のドアを開けるという事象を考えてみます;このとき任意の鋭角 θ について,「部屋のドアを θ だけ開けた世界」を考えることができますが,鋭角全体集合の濃度は実数全体集合と等しくなります(tan θ を考えると明らか).よって,〈世界〉全体集合は,少なくとも実数全体集合と同じだけの濃度は持っていることになるので不可算集合です.
    以上より,〈世界の記述〉全体集合から〈世界〉全体集合への単射は作れませんから,世界の記述をもとに世界を一意に定めることは一般には不可能だということになります.Q.E.D.
    ※誤りがあったらご指摘いただけるとありがたいです.
    ※以上でいう「世界の記述」は,マルコ=ポーロの著作ではありません. 

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改めて読んでみると,これは一体全体どうしてこのような翻訳調の文章になっているのだろう.←