この記事は第十回人工言語コンペ参加作品ではありません。個人的に作った言語です。テーマは以下の通り。
邪神、悪魔、亡霊、悪鬼…この世に存在する邪悪な者たち。
その邪悪な存在と交信し、召喚するのに使われるのはある特別な言語。
さて、それはどんな言語でしょうか?邪悪な存在に関する神話や伝説の体系と、交信や呪文に使われる言語を作り解説してください。
ただし、もし「本物」を召喚してしまった場合は自己責任となりますのでご注意>を…
これは只の落書きか?ここはある都市の郊外、駅から少し歩いたところにある薄暗い路地である。あなたは家に帰る途中。いつもはバスで帰るところだが、こんな時間にバスはない。足元に落ちているビール缶を蹴飛ばすと、中身が口から飛び散った。背の高さほどのコンクリート塀は青白い街灯に照らされている。スプレーで雑に描かれたLOVE&PEACE、その下にそれは有った。
禍々しい。片目、三日月、アセンダー。これはおそらく文字だろう。これは何語だ?持っている文字と言語の知識を動員して、あなたは考えた。しばらく考えても分からないので、スマホを取り出し写真を撮る。文字認識で解読しようとした。「アプリは応答していません。」アプリを閉じ、もう一度試してみた。「アプリは応答していません。」
どうやら調子が良くないようなので、文字認識は諦めた。家に帰って色々調べてみよう。そう思ってスマホをしまおうとしたとき、着信音が鳴った。心臓が跳ね、危うくスマホを取り落としそうになった。知らない番号からだった。慌てていたので、間違って「応答」を押してしまった。
「ˈχːʀʷɑpʼɵ̃tʼ t͡sːə̃pˈsɛt ɣːəˈc͡çæɬː ˈχːʀʷɑpʼɵ̃tʼ t͡sːə̃pˈsɛt ɣːəˈc͡çæɬː ˈχːʀʷɑpʼɵ̃tʼ t͡sːə̃pˈsɛt ɣːəˈc͡çæɬː ˈχːʀʷɑpʼɵ̃tʼ t͡sːə̃pˈsɛt ɣːəˈc͡çæɬː」
仕方なくスマホを耳に近づけて聞いてみると、ずっと同じフレーズを繰り返している。禍々しい。唸り声、軋む金属、摩擦音。そんな印象を受けるそのフレーズを聞いていると、不思議と例の落書きを見たときと同じ感覚になる。あなたは震える指で通話を終了した。
まだ耳にあのフレーズが残っている。何かの視線を感じたような気がして、あなたは走って家に帰った。
あなたは家に着くやいなや、あの電話番号をネットで検索した。あれほど特徴的な迷惑電話だ。有名とまではいかなくても何かしら情報はあるに違いない。
「KRBPMT TMTSTT GTXLS」
あなたは恐る恐る、そのサイトのリンクをクリックした。
そのサイトは飾り気のない、一昔前の雰囲気を残したものだ。更新日時は昨日の夜。
「見る!見る!みる!呼ぶ。こんにちは、う」
狂気が画面の中の文字から滲み出てくる。見ていたくない、そう思って勢いよくスクロールすると、ページの底には、さっき見たあの文字列がある。背筋が寒くなる。電話の主、落書きの主、このサイトの主は同一だ。
夜食を食べながら、様々な手段で正体を調べる。ツイッターもインスタもフェイスブックも、各種動画投稿サービスも関係ない情報しか出てこない。結局何も分からず、悪夢を見ないことを願いながら、あなたは布団に入った。動悸が治まり眠りにつけそうになったのは、2時間ほど経ってからだった。
「ピーンポーン」
玄関のチャイムが鳴った。頭が真っ白になる。飛び起きた。悪夢か、これは悪夢なのか!あなたは見たくない、見たくない、と思いながら、インターホンの画面を一瞬見る。あなたは叫んだ。
黒いローブを来た人物が三人、インターホンの前に立っている。フードで顔が隠れていて、年齢や性別は分からない。真ん中の人物が何かを言ったその時、鍵の音がした。玄関のドアが開く。「xːʷɪˈkʼʷɛ̃ːcʼ…こんばんは。私たちはあなたにお話したいことがあります。」男性にしては高い、女性にしては低い声。
あなたは部屋の隅に逃げ、縮こまった。彼らは部屋に入ってきた。顔を上げると、先頭の人物はCDのような干渉色の肉塊を持っている。その肉塊は投げ捨てると、ドライアイスのように煙を立てて消えた。
「あなたは選ばれました。神の下僕となり、全ての宇宙の救済に力を貸しなさい。」「あなたは人類の中で最も偉大な仕事を成し遂げる者の一人となります。」「私たちは正義であり、善であり、知る者であり、破壊者です。」三人は代わる代わる言った。全員まったく同じ声。そして一人が近づいてきて、あなたに覆いかぶさるようにして囁いた。「…立て、そして唱えなさい。『ˈχːʀʷɑpʼɵ̃tʼ t͡sːə̃pˈsɛt ɣːəˈc͡çæɬː』…『言葉を刃として、目覚めよ。』」そしてあなたの額に虹色の柔らかい肉塊を塗りつけた。あなたは意識が遠のくのを感じた。眠りに落ちる直前のような浮遊感。あなたは無意識に呟いていた。「…ˈχːʀʷɑpʼɵ̃tʼ t͡sːə̃pˈsɛt ɣːəˈc͡çæɬː …」
気がつくと、家具のない薄暗い部屋の中に横たわっていた。自分の部屋ではない。床は湿った黒い絨毯、広さは四畳半ほど。結露で濡れた灰色の壁には赤黒い文字で例の文章があり、所々ペンキの剥げた扉についた窓からは光が差し込んでくる。あなたは扉を開けようとして、悲鳴を上げた。いつのまにか黒いローブを着ていたあなたの手は腐った果物のように柔らかく、色は灰色になっていた。床に崩れ落ちるように座り込み呆然としていると、その扉が開き、やはり黒いローブの人物が入ってきた。
「自我が戻ったようですね。まずはあなたに『真実』を教えなければなりません。」さっきの三人組と同じ声でそう言って、こう語った。
『真実』とは簡単に言えば、この世界の存在そのものが異常であるため、原初の混沌を思考により顕現させて、世界を滅ぼす必要があるということだ。
この宇宙を内包する全次元の最高原理は『混沌の循環』である。原初であり終わりである『真の混沌』、古代ギリシャのカオスや日本書紀の天地開闢の前の渾沌、ビッグバン以前の量子力学的な「無」として知られるもの…これこそが真の世界、あるべき姿である。しかし確率論的な『偶然』により天地開闢、創世とも言うべきビッグバンにより『真の混沌』は崩れ『秩序』が生まれてしまう。ビッグバンで生まれた宇宙を再びもとの混沌に帰するための存在が生物たち…我々人類である。
我々は『秩序』を内側から破壊する力を持っている。現実から離れて独自の世界を構築するための力である思考能力、そして言語能力である。思考の世界の中で『真の混沌』に最も近いものを形作り、それを『秩序』の内部に顕現させることで宇宙を終わらせることができる。このようなことは我々の生きる宇宙より前にも幾度となく起こり、そのたびに『秩序』…宇宙は無事に破壊されてきたのだろう。これこそが『混沌の循環』である。今度は、我々の番である。
続けてこう語った。
『真の混沌』を思考し、顕現させるためには、最も混沌に近い言語で思考しなければならない。その言語の名を我々は『ɸːə̃ˈcʰʀʷɑb』…秩序を切り裂く「刃の言語」と呼んでいる。
語順は基本的に主語→目的語→動詞。
全ての語根は1音節であり、複合で派生する。
単語は「修飾副成分」+「主成分」+「文法副成分」からなる。
また、文法事項がすべて「開いたクラス」であり、単語の数だけあると言ってもいい。
ここで"ˈðːɪ̃ˈʈʼʀʷɑpʼɵ̃tʼ"という単語を例として説明しよう。
語根√KRʷAB「言葉」が主成分、それに修飾副成分の語根√DAYD「大きい」、格的な文法的副成分として語根√PAMT「刃、斬る」が合成され、語DAYDKRʷÁBPAMT…音としては/ðːɪ̃ˈʈʼʀʷɑpʼɵ̃tʼ/と表出する。意味は「大いなる言葉を刃として」あるいは「大いなる言葉が斬る」となる。この「刃格」のように、格は無限にある…
あなたはすぐにこれらを理解しなかった。頭の中で情報が絡まり、固まり、繋がり、解けて、もう何もわからない。『真の混沌』?『ɸːə̃ˈcʰʀʷɑb』?わからない単語ばかりがでてくる。しかしその人物はさらに言った。「あなたにはこの言語による思考を身に着けてもらいます。そうすれば混沌の具現化もすぐにできるようになりますよ。私達があなたの家の扉を開けるのに使ったような、魔法のようなものです。」そして唱えた。「χːɑt hːærp.」すると何かを引っ掻くような音と共に、人の頭ほどの銀虹色の肉塊が空中に現れ、地面にベチャっと落ちた。人間の口のようなものがついており、声を発した。
「ではこの具現体から教えてもらいなさい。」
そう言って、黒いローブの人物は去っていき、扉の鍵は閉められた。部屋にはあなたと、具現体と呼ばれた口のある銀虹色の物体が残された。
何日も過ぎた。日光はなく部屋の外の電灯だけが明かりであり、日付の感覚がわからない。食べ物は白っぽい硬めのゼリーと、ペースト状の野菜が数時間に1回出た。ゼリーもペーストもカップに入れられ、プラスチックのスプーンで掬って食べる。匂いの割に味がほとんどしない食事だと初めのほうは思っていたが、それは自分の舌が麻痺しているからだと気づいた。
あなたはその物体から単語と文法を教わった。時制も無限にあるらしい。「ˈhːʷɑɬʰn̥ɵ̃t」で「毎日教える」…。音韻規則と単語が分かってくると、思考の中にɸːə̃ˈcʰʀʷɑbがħːãdようになった。この言語についても教わった。この言語は『真の混沌』そのものの持つ『秩序』を破壊しようとする働きが言語に現れたものであるため、この言語で思考し話すことで内部からの破壊を行えるのだ。
あの禍々しい文字の読み方も教わった。どうやら子音しか書かないアブジャドのħːlætのようだ。案外文字数は少なく、そのかわり読み方が大変複雑だということが分かった。「DYD」と綴って「ðːɛːd」とɸːræ̃sː。
そしてそのθːʷækが来た。あなたを含めた信者は、一つの部屋に集められた。広さは学校の教室ほど、部屋全体が黒く、天井は高く、壁中に例の文章が書かれている。あなたたちは手に錆びついたɸːɑ̃tを持たされた。さあ、召喚が始まる。
ɦɑː, ɦɑː ɸːəsˈkʷɑ̃təːɹ! ˈχːʀʷɑpʼɵ̃tʼ t͡sːə̃pˈsɛt ɣːəˈc͡çæɬː! ˈsːʷæsʰərp hːærp, ˈxːɑ̃sʰːɪrt xːɑrd! ˈsːʷæsʰərp hːærp, ðɛːˈtʼæ̃sː! ˈvːæcʼəp sːpəˈtʰɑb, ðɛːɸːəsˈkʷɑ̃təːɹ! sːpəˈtʰɑbzʷək sːpætʰə̃rt!
おお、おお、原初の混沌よ! 言葉を刃として目覚めんことを! それは現れよ, 銀虹色の体! それは現れよ、偉大なる魂! 宇宙を全て飲み込め,偉大なる原初の混沌よ! それを飲み込め、全てを無へと帰すために!
ɦɑː, ɦɑː ɸːəsˈkʷɑ̃təːɹ!…あなたは踊る…ˈχːʀʷɑpʼɵ̃tʼ t͡sːə̃pˈsɛt ɣːəˈc͡çæɬː!…あなたは狂ったようにħæ̃rp…ˈsːʷæsʰərp hːærp, ˈxːɑ̃sʰːɪrt xːɑrd!銀虹色の破片が飛び散る…ˈsːʷæsʰərp hːærp, ðɛːˈtʼæ̃sː!…浮遊…ˈvːæcʼəp sːpəˈtʰɑb, ðɛːɸːəsˈkʷɑ̃təːɹ!…どうしてこんなことをしている…?…sːpəˈtʰɑbzʷək sːpætʰə̃rt!…迷うな。祈れ。…
ɦɑː, ɦɑː ɸːəsˈkʷɑ̃təːɹ!…あなたは幻を見る…ˈχːʀʷɑpʼɵ̃tʼ t͡sːə̃pˈsɛt ɣːəˈc͡çæɬː!…地球上に銀虹色の巨人が現れ、猛スピードで巨大化する…ˈsːʷæsʰərp hːærp, ˈxːɑ̃sʰːɪrt xːɑrd!…空間が歪み、太陽は引き裂かれる…ˈsːʷæsʰərp hːærp, ðɛːˈtʼæ̃sː!…思考は現実になる。…ˈvːæcʼəp sːpəˈtʰɑb, ðɛːɸːəsˈkʷɑ̃təːɹ!…『混沌の循環』…sːpəˈtʰɑbzʷək sːpætʰə̃rt!…それは来る!
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