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フィユス
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「言語を解読する物語の文字」問題

プロローグ

 目が覚めたとき、俺は見ず知らずの場所にいることに気づいた。そこは古びた小屋のような場所で、建付けの悪い扉を開けて外に出ると、目の前には広大な草原が広がっていた。何もない草原。動物がぽつぽつといるだけの草原。遠景には大きな山がひとつと地平線。居場所を特定できる要素はあまりにも不十分だった。

 小屋の外をぐるりと見て回ると、その小屋は少し大きな建物と隣接しており、その入り口らしき扉のそばに看板のようなものがあることを発見した。しかし、そこに書かれている文字は、俺が人生で出会ったどの文字とも一致しなかった。少なくとも、俺が持つなけなしの言語知識では絶対に読めなさそうだ。

 だめもとで扉を叩く。こんな草原の真ん中にぽつんと建っているような家に誰かいるとは到底考えられないが……

 "……Koei?"

……声が聞こえた。

……誰かが中にいる。

少しずつ、ゆっくりと、足音が近づいてきて……

扉が開いた。

そこにいたのは、俺よりもいくつも年下のように見える一人の少女だった。

 "……Noueve……, shatt louez haluffen mila……?"

 「え?」

 "K……, Kei nou finetta haunt toei fuaes……"

 俺を見ておびえているようだ。知らない人間が突然訪ねてきているのだからおびえるのは当然なのだが……

 言葉が、全くもって分からない……


Andoei.

フィユス・ギャゾフィーウェイ・インヴァロムです。

今回は自言語ではなく、人工言語に関する一般的な話題です。


みなさんは「言語を解読する」に関係する物語や作品を見たことがあるでしょうか。

例えば
・異世界語入門 〜転生したけど日本語が通じなかった〜
・7 Days to End with You
・東大生なら未知の言語解読できる説【キプソル語】
・Chants of Sennaar
・非存在都市メスラン
・Olygen
・【とむ卒業】QuizKnockの動画に出てきた言語で作られたクイズ、全問解けるまで卒業できません【足止め】
・なにも理解らない

※媒体も時系列もバラバラです。あしからず。

これらの作品や言語解読という概念、個人的にとても好きなので、人工言語技術者の方は是非こういう物語や作品を書いてみてください。


……しかし、こういう作品について、最近気になったことがあります。

主人公が知らない言語を、その言語の文字で表記するのは適切か?

という問題です。


主人公は当然その言語を知らない状態で始まりますよね。そのタイミングでは読者・視聴者・プレイヤーといった"我々"も同じはずです。

しかし、「その言語の文字」が文中に登場したとたんに、その主人公と"我々"が乖離してしまいます。

特にこの問題は会話文において顕著で、主人公は「音声」としてしか情報を得ていないのに、"我々"は「文字情報」としてその会話を読むことができてしまいます。逆に言えば、"我々"はその文字の正確な読み方がすぐには分からないのに、主人公はそれを知っています。

これでは、主人公がフィールドワークで言語を解読していくという流れと、"我々"が作品の鑑賞を通して言語を解読していく流れが、完全には一致しないことになってしまいます。


では、全部カタカナ表記(を始めとする読みやすい表記)にすればこの問題は解決するでしょうか?

……ある意味ではそうかもしれませんが、すると別の問題が生じます。

  1. 正確な異世界語にならない
     もしかしたら最大の理由は単純にこれで、ほとんどの作品はこの点を考慮してカタカナ表記を使用していないのかもしれません。

  2. 「異世界感」「絶望感」「ワクワク感」が薄れる
     カタカナ表記は、読めてしまうものです。なので、「読めすらしないものを解読する」という作品のコンセプトに真っ向から反抗することになり、作品の個性を薄めてしまいます。

  3. "我々"側に解読の余地が無くなる
     言語にもよりますが、カタカナ表記をしてしまうと、活用やアンシェヌマンにめっぽう弱くなります。1.にも通ずるところがありますが、カタカナ表記は実は異世界語表記よりも解読するのが難しい傾向にあると考えています。
     例えば、フランス語を知らない人が「ポトフ」を見て"pot au feu"であると当てるのはかなり大変です。それと同じで、カタカナ表記をすると"我々"が解読をする難易度が上がり、作品の魅力が薄れてしまうのでしょう。

完全に一致する必要はないしそもそも不可能、と言われてしまえば終わりなんですけどね。


ここまで挙げたメリットやデメリットを分かりやすくするために、さっきのプロローグを使って実際に見てみたいと思います。

異世界語表記

そこにいたのは、俺よりもいくつも年下のように見える一人の少女だった。

"……Noueve……, shatt louez haluffen mila……?"

「え?」

"K……, Kei nou finetta haunt toei fuaes……"

うーん。分からない、絶望感が漂いますね。ただ、前述の通り「発音」を聞いている主人公と、「文字」を読んでいる"我々"とでは、少しこの言語に対する知識や印象が既に違っています。


カタカナ表記

そこにいたのは、俺よりもいくつも年下のように見える一人の少女だった。

"……ヌヴェ……, シャッルツハルッフェンミラ……?"

「え?」

"キ……, キヌフィネッタハゥントィフアス……"

「主人公にはこうとしか聞こえなかった」という意味での感情移入はこちらの方がしやすいかもしれませんが、「全く分からない」という印象はなんだか薄れてしまう気がします。


ここまで書いてきておいてこんな話をするのもおかしいですが、正直「作品による」という結論が正しいと思います。

作品や言語の特徴によっては、カタカナ表記などの方がいいこともあるでしょうし、作品の途中から異世界語表記に移行するなどの折衷案も考えられます。ただ、私が知る作品がたまたま、異世界語表記の方が相性が良かったということだったのでしょう。

……もしかして、この記事、無意味だったかな……?


フィユス・ギャゾフィーウェイ・インヴァロム

人気順のコメント(2)

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tkt2020scratch profile image
2020 tkt

一応無意味ではない
卜が助かった

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fijus7_q_i profile image
フィユス

そう言っていただけると嬉しいですねえ