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カカリン語(第16回人工言語コンペ提出作品)

お題

吸着音のある言語(吸着音が言語的に意味を持っていればOK)

prologue

 レギケみたいな元気の有り余る子供のように、放たれた矢が草の上を走り、獲物の胴に突き刺さる。最近になって、風が強いときも結構当たるようになってきた。
 走り寄り、ついさっきまで命だったものから矢を抜く。この場所からだと、村までは少し遠い。肉を腐らせないために、マサムーの葉を探さなければいけない。
 帰る途中で、どこからか声が聞こえてきた。耳を澄まして、その声に意識を集中させる。声の大きさと方向からして村の近くだろうか。肉が重たいが、声のもとへ走っていく。
 声が近くなる。最初は、何か適当に呟いているように聞こえていたけれど、やがてカカリンと同じだということに気づいた。今日会ったことを誰かに話している感じでもなければ、狩りや採集の仕方を教えているようでもない。その言葉の連なりに慣れているようなすらすらとした話し方だ。
 理由もなくしゃがみ込んで、じっくりと聞いていると、更に不思議なことに気づいた。所々、変な音が入っている。狩りに失敗して舌打ちをするような音もあれば、木と木を打ち付け合って出るような音もある。そして、それらは決まって言葉の最後に出ていた。
 その瞬間、何か不気味な空気を感じた。全身の毛が逆立つような、という感じに近い。獲物に危うく襲われそうになった時に感じた恐ろしさより強いものが、自分の体を包んでいる。思わず逃げた。

「遅かったね」という弟のレギケの言葉を聞いて、家に帰って来たのだとしっかり実感する。マサムーの葉から肉を取り出して、母に渡す。
「あんたがお父さんより遅く帰ってくるなんて珍しい」
「あぁ、なかなか矢が刺さらなくて」
「もっと狩り行かないと上手くならないわよ」一体どこまで上達すれば、母の言う「上手い」に辿り着けるのだろうか。
「父さん」と呼びかけると、父はいつものように「あぁ、セファか」と顔を優しくする。
「今日は珍しく俺の方が早く帰って来たようだ」
「母さんからも言われた」
「そうか。で、今日は何を獲ってきたんだ」
 レミ、と返すと、レミかぁ、と返される。父も、これまでに何度もレミを獲物としてきたのだろう。「でも、レミを狩っていてそんなに遅くなるか?」と、父は首をかしげる。
「そのことなんだけど、帰る途中に変な声を聞いて」「どこでだ」「村の近く」「どんな声」「たぶん男」「何を話してた」「あまり覚えてないけど、何か祈りのような感じだったと思う」
「俺は知らないなぁ」と父はかぶりを振る。そして、「そうだ」と何か閃いたような顔をし、「そういうことはお前の婆さんが詳しいんじゃないのか」と誇らしそうな顔で言った。確かに、祖母のラ二マは色々なことを知っている。

「お前もそろそろ俺じゃなくて奥さんと行ったらどうだ。そしたらラ二マも喜ぶだろう」という父の言葉を受け入れ、妻と共にラ二マの住む小屋に行った。
「お婆さん、ラ二マお婆さん、セファです」扉の前で口笛を吹いて、入ってもいいかを聞く。
 少しして、ラ二マは木でできた扉を開け、妻を睨むように顔をのぞかせた。そして、獲物に対してするように妻を指さし、「誰だい」と言った。「妻です、会うのは誓いの式以来ですよね」と説明すると、彼女は表情を少し明るくし、「そうか、お嫁さんか」と呟いた。
 部屋の中に入る。相変わらず汚い。前に父と来た時、控えめに部屋を整えることを勧めたのだが、彼女は「全部宝物だよ」ときっぱり答えた。「でも、もう石はいらねえかなぁ」と言われて譲り受けた十数個の石を、置き場に困って浜に放ったことは秘密だ。
「お前が自分から来ることは初めてだな」とラ二マはにやにやする。「今になってあいつに飽きてきたから、丁度美人のお嫁さんが来てくれたのも良かった」まるで今回の訪問を評価されているみたいだ。妻が顔を赤らめる。
 急に、ラ二マが目つきを鋭くする。「で、何を話しに来たんだ」
「あぁ、聞きたいことがあるんです。お婆さんなら知ってると思って」
「ありがたいなあ。こんな老人には、知識を伝えていくことしか役割がないからねぇ」反応に困る。「私が分かることなら、何でも話すよ」
「今日狩りから帰る時に、変な声を聞いたんだ、人間だったと思う」
「あいつが私に変に気を遣ってくだらない話をする声か」
「たぶん違うよ」
 体にまとわりついたあの感覚まで、聴いたこと、感じたこと、その全てを話していく。妻だけでなく、ラ二マもついて行けるように、一つずつゆっくりと。
「なるほど」ラ二マはそう言って、少しの間藁の天井を眺めた後、「秘めたる式で使う人の音とテーラの音のことだね」と話した。
「何なんです、それ」身を乗り出す。妻も、知らないことを知ろうとする子供のような顔をしている。
「おい、焦るな。私がちゃっちゃと話したら、お前はもう帰るだろう。もうちょっとじっくり話そうじゃないか」彼女が制止する。
 小声で何かを呟いた後、彼女は「よし」と声を上げ、「じゃあ、ここから始めよう」と言った。
「お前たちは、この大地が何によって守護られていると言われているか知っているか?」

カカリン語の説明

 カカリン語(ラテン文字表記:khakaring/kʰa.kə.ɾiŋ/)は、インド洋東部、ミャンマー・ヤンゴンと経度を近く位置するホス島(羅文字:hosu/xɔ.su/)の先住民族であるカカリン族(世界的な呼称、彼ら自身は民族名を持たない)が話す言語です。ホス島は、欧州の国家に植民地化された歴史を持つものの、今に至るまで先住民の文化が強く残っており、オーストラリアに編入された後も自治権を獲得しています。
 プロローグにも書かれている通り、成年した男性が妻を娶った後も家族と共に暮らすという家族制などの文化をカカリン族は持っています。そしてその言語も、興味を引く特徴を持っています。その特徴は、プロローグにて出てきた「秘めたる式」にて現れます。

「秘めたる式」

 「秘めたる式」はカカリン族の伝統的な儀式です。
 カカリン族、というより、村長などの上部にいる人々が行うものであり、今も続けられているという報告があります。この式について説明するため、彼らの信仰について説明していきます。
 カカリン族は、自然を司る神のようなもの「テーラ」(羅文字:teera/tɛː.ɾa/)を信仰しています。しかし、その存在は一般の島民には知らされていません
 プロローグの主人公・セファ(羅文字:sefa/sɛ.ɸa/)が住む、島内最大の村の外れの小さな森の中で、テーラに感謝するため行われている儀式が、「秘めたる式」です。狩りや採集で得た最上の食べ物を捧げものとして燃やすことで「テーラ」に還します。それを続けることで「テーラ」が自然を自分たちに適した状態にしていてくださる、と島社会上部の人々は考えています。
 「テーラ」の怒りを買う人がいるかもしれないことを懸念して、ずっと少人数で行われています。なので、「秘めたる式」や「テーラ」のことを知る人は少なく、様々な村の村長たちの中でも数人、その近縁者など十数人だけが知っており、プロローグに登場したラ二マ(羅文字:ranima/ɾa.ni.ma/)もその一人です。
 プロローグでは正体が明かされていませんでしたが、「変な声」とは「テーラ」への祈りのことです。毎回同じ文言を述べるので、祈りをする役割にある人はもう慣れてすらすらと述べることができるようです。
 ラ二マが言っていた「人の音」「テーラの音」については後で説明します。

音韻

母音

前舌 中舌 後舌
i/iː u/uː
半広 ɛ/ɛː (ə) ɔ/ɔː
a/aː

羅文字表記:i,u,e/ɛ/,o/ɔ/,a
 長母音はその文字を2度繰り返して表記します。(ii/iː/)
 /ə/は通常の単語には現れず、対応する文字もありません。短母音で終わる単語が被形容されたときなどに現れます。
 二(三)重母音は/ai̯/,/aːi̯/,/au̯/,/aːɔ̯/などが見られます。
子音(一般)

両唇音 歯茎音 軟口蓋音
破裂音 p/pʰ t/tʰ k/kʰ
鼻音 m n ŋ
摩擦音 ɸ s x
はじき音 ɾ

羅文字表記:p,t,k,m,n,ng/ŋ/,f/ɸ/,s,h/x/,r/ɾ/
 帯気音は子音の後にhを置くことで表現されます。(ph/pʰ/)
子音(異音)

歯音 歯茎音 声門音
摩擦音 ʔ
吸着音 ǀ ǃ

 吸着音は基本的に/k/,/kʰ/,/ŋ/と二重調音をします。これらの異音の現れる位置については後述します。
音節構造
 (C)V(C)が見られます。

文法

語順
 SOV、後置形容です。動詞の希望活用がある文ではVOになります。
名詞
 名詞は全て開音節終わりです。人名などの固有名詞についてもそうです。
代名詞
 一単・複、二単・複、男単・複、女単・複、指示代名詞があります。それぞれ属格形を持ちます。
形容詞・副詞
 形容詞は全て開音節終わりで、名詞の後方に連結して形容します。限定用法のみで、叙述用法はありません。その時、名詞の末母音が短母音の場合、その母音が/ə/に変化し(表記変化なし)、長母音の場合、その母音が短母音に変化します(表記変化あり)。この時、母音後方に/ʔ/が挿入されることがあります(表記変化なし)。
 副詞は形容詞に-tha/tʰa/を付けたものであり、全て開音節終わりです。文を形容する場合はそのまま置きますが、形容詞を形容する場合その形容詞の末母音に対し前述したものと同じ変化が起きます。また、もとの形容詞の叙述用法の役割も果たします。
 また、代名詞の属格形は、扱いとしては形容詞ですが、形容詞や副詞の後に連結して使うこともあります。普通の形容詞・副詞と同じように、連結した時に母音の変化が起きます。
動詞
 動詞の無活用状態は全て閉音節終わりです。活用形として、一般(未完了)活用、完了活用、推定・希望活用があります。それぞれの活用形を表示します。

 
一般活用 -uk/uk/
完了活用 -ung/uŋ/
推定・希望活用 -ukh/ukʰ/

その他
 数詞や後置詞、時制マーカーなどの単語も見られますが、割愛させていただきます。
「秘めたる式」における条件異音
 「秘めたる式」にて自然を司るテーラへの祈りを唱えるとき、一部の発音が変化します。ここでしかその発音は現れないので、表記の変化はありません。
 変化するのは動詞の末子音です。主語または希望活用での相手が人間であるか「テーラ」であるかにより、変化します。以下に示します。

 
人間 テーラ
一般活用 -uk/uk͡ǀ/ -uk/uk͡ǃ/
完了活用 -ung/uŋ͡ǀ/ -ung/uŋ͡ǃ/
推定・希望活用 -ukh/uk͡ǀʰ/ -ukh/uk͡ǃʰ/

 この吸着音こそが「人の音」「テーラの音」の正体です。
例文
 「テーラ」への祈りから一部引用したものを見ていきます。

aao tera, thesomukh reti
/aːɔ̯ tɛ.ɾa tʰe.sɔm.uk͡ǃʰ ɾɛ.ti/
おおテーラ、我らをお守りください

thesuming imanuk reti
/tʰe.su.miŋ im.an.uk͡ǀ ɾɛ.ti/
貴方の守護が私たちを生かされます

rai perung sasemii
/ɾai̯ pɛɾ.uŋ͡ǀ sa.sɛ.miː/
我々は捧げものを持ってきました

epilogue

「と、いうことだよ」
 ラ二マの話は想像よりも大きなものだった。「テーラ」や「秘めたる式」の話、これまで知らなかったことがどんどんと耳に入り込んでいった。
 特に驚いたのが、ラ二マが島の外に出たことがあるということだった。
「私の祖父がまだ村長だったことに、漁をしていた父やその同僚さんたちと小さな旅に出たんだ。太陽が昇る方にね。で、そこにもう一つの地があったんだ。ここよりもっと大きな、だ」
 ラ二マは続けた。「その時、私も既にテーラのことを聞いていたんだ。テーラはここを守護り続けてくれているって信じていたんだ」でも二つのことが起きて、それを疑うようになった、と彼女はその息吹で小さな風を巻き起こすように言った。何となく、背筋が震えるように感じた。
「一つは、大きな嵐が来て、もう一つの地に傷を与えていったこと。もう一つは、島に帰ってきたらひどい状態になっていて、そして、私たちが島を発った後に原因になった嵐が来た、という知らせを聞いたこと」
 そうか、と彼女が疑った理由が分かってくる。妻もそんな感じだ。
「風は日の沈む方から昇る方から吹くだろう?きっと雲は木の葉みたいに軽いだろうから、風が吹けば流れていく。その嵐は、テーラの怒りなんかではなく、大地と海の上を漂っていた雲が起こしたことなんだと、私は思ったんだ」
 彼女は言葉を選びながら、ぶつぶつと話を勧めた。
「最初はそんなわけないと思ったし、仮にそうだとしても誰かに言ったら怒られる、と思って心の隅に押し込んでいたんだ。でもな、人、特に私ってのは好奇心が強いからね、調べるようになったんだ」そう言っている彼女の顔から、一瞬いつもの老獪さが消え失せ、その目は幼い子供のように輝きがあった。
「で、遂にテーラはいないと本気で思うようになった。そのことを祖父に伝えたんだ。怒られるかと思ったら、祖父は孫がそんなことを言うと思ってなかったから、驚いて倒れて逝っちまったんだ。それから、今まで誰にも話さないでいたが、お前に訊かれちゃしょうがない」
 なるほどそうなのか、で済む話ではなかったが、ラ二マの壮大な話はあっという間に終わってしまった。
「ラ二マお婆さん、今日はありがとう。また父さんと一緒に来ますよ」
「あいつは嫌だね。奥さん連れてきな」つい、妻と顔を合わせて笑ってしまった。
「最後に訊きたいことがあるんですけど」
「何だい、今日は夜が更けるまで話すか」
「それは流石にないです。あの、なんでここまで話してくれたんですか」ここまで、というのは、自然を司るテーラの存在から始まって、その存在を自然を観察した結果として否定するまで、ということだ。
 ラ二マは少しもごもごと口を動かした後、「お前も次の家長だろう」と短く言った。
「ですけど…それがどうかしたんですか」
「家長には家を導く必要がある。そのためには、知識が必要だ。知識があれば、物事の中を見通すことができる。問題の一番大事な所を見抜ける。雲や森をよく識って、テーラはいないと思えるように」
 返す暇もなく、彼女の答えは途切れることのないはっきりとしたものだった。家長の妻だったからこそ、そのように思うようになった節もあると思う。
「なるほど、分かりました」丁寧に感謝し、ラ二マの家を去る。
 次の家長か、と思いながら、海の方をみる。もう一つの地。そんなものがあるのだろうか。今更になって、ラ二マのほら吹きを疑ってしまう。いや、とにかくもう家に帰ろう。レギケも、父母も待っている。
 果てしなく続く空を見上げながら、もう一つの地の人々もこの空を見ているのだろうか、と思いを馳せる夫婦を、星空も見つめ返していた。

あとがき

 こんにちは。今回臨時的にコンペ運営に参加させていただいたfriedriceです。
 今回でコンペ参加は三度目です。前回はチーム参加もさせていただきましたし、そろそろ慣れてきたかなと思った頃にこのお題です。シンプルだけど難しい。
 本当に何も思いつかなかったので無難に先住民系言語で行くことにしました。逆張りなので?アフリカじゃなくてオセアニアです。前回よりさらに予定や宿題があったのと、私の吸着音の発音が下手すぎたので難航しました。8/18辺りから本気で作り始めて提出期限の数時間前に記事完成といった感じです。
 作品については…特に言うことがないですね…強いて言えば、語末に吸着音を持ってきたことと、子音の有声音をかなり少なくしているということくらいでしょうか。言語より周りの設定を作りすぎて目的と手段が逆転し、結果ちゃんとした単語を作れないという結果になってしまいましたが、自分の癖だよねと割り切っています。長ったらしいプロローグ・エピローグも読むことを推奨される部分が少なからずあるのがたちの悪いところです、お許しください。
 今回も駆け抜けるように製作期間が過ぎていきましたが、どうにか提出期限までに完成させることができました。改めて、出題者のンソピハふぇさん、運営の皆さんにここで感謝を申し上げます。また、読者の皆さん、この記事を最後まで読んでいただきありがとうございました!
by friedrice

※本作品及びこの記事の内容は実在の地名や団体名とは一切関係がございません。

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