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Tsuchifude
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ネ語の声調の起源および古ネ語の末子音について

 3月ごろ、ネ語の音韻体系を紹介する記事において、ネ語の音韻体系を紹介するとともに、各音素の起源についても軽く書いた。しかし、いま読み返してみると、どうも比較言語学的に気に入らない点が多いように思われたから、いまここで設定を考えてみたい。ここで考える、というのは、このMigdalの記事を書きながら考えるという意味である。

いかに声調が生じたか 

 声調発生については、ベトナム語や中国語のものを参考にしたい。この2つは末子音の消失によって声調が生じたとされている。中国語でいうと、上古の*-ʔが上声に、*-hおよび*-sが去声になったとされている。入声は*-p, *-t, *-kがそのまま*-p, *-t, *-kとなっている。たしかベトナム語でもおなじような感じである。
 現代中国語ではさらに、平・上・去・入が陰陽にわかれている(方言によって、四声の一部のみが分かれているか、全部分かれているかが異なる。普通話では平声のみが陰陽にわかれ、入声はない)。これは、頭子音が無声か有声かによってわかれるのである。

 ネ語でも同じような感じにしたい。そう言うまえにネ語の声調を示しておく。

1声 â 343
2声 a' 55
3声 á 35
4声 à 32
5声 a 33
6声 at 3
7声 aàt 41
8声 át 5

 いままででもおおまかに規則は決めていて、舒声(入声でないもの)でかつて頭子音が有声だったものは1声・4声・5声、無声だったものは2声・3声・5声になったと、なんとなくきめていた。また、入声に関しては、短母音をもつもののうち頭子音が無声だったものが6声、有声だったものが8声、長母音をもつものはすべて7声ときめていた。
 しかし、有声無声による分化より前に、舒声が3つにわかれた原因は、末子音の消失に求めたい。
 いまここで適当に、5声が*-∅、1声・3声になったものが*-ʔ、2声・4声になったものが*-hだと定める。ただ、おなじく-ʔから生じた上声は上昇調であったらしいので、あながち適当でもない。
 しかし、ここで問題になるのが、現代ネ語にも/-ʔ/、/-h/という末子音があることである。古ネ語の*-ʔ、*-hは消失したのであるから、現代の-ʔ、-hはこれと別の起源をもっていなければならない。

-ʔおよび-p, -t, -kの起源は

 
 まず-ʔについて、これは、台湾語とおなじように、-p, -t, -kのような音が変化したと考えよう。しかし、-ʔは現代において-p, -t, -kという末子音と共存しているので、これらには別の起源があるはずである。
 ここで、*-p>-p, *-t>-t, *-c>-k, *-k>-ʔと定めたい。はじめは台湾語とおなじように、*-p, *-t, *-kのうちいくらかが-ʔに変化し、残りは変わらず-p, -t, -kのままになったのだと想定していたが、台湾語のそれはどのような条件で変化したのか不明瞭だし、かりに独自に「よく使う語は-ʔになった」と考えるとして、どの語をよく使うかなあといちいち考えるのはめんどうなので、古ネ語の段階から4種類の破裂音が末子音としてあらわれていたということにした。

-Nの起源は

 となれば、鼻音に関しても、*-m, *-n, *-ɲ, *-ŋの4つが存在したと考えたくなってくる。ちょうど、ネ語には-m, -n, -ŋのほかに、鼻母音があり、これら4つの古ネ語の鼻音韻尾をあてはめたくなる。
 しかし、たとえば*-m>m, *n>鼻母音, *-ɲ>n, *-ŋ>ŋとしてしまうと、破裂音では硬口蓋音が軟口蓋音になったのに、鼻音では硬口蓋音が歯茎音になったことになり、何やらしっくりこない。そこで、*-ɲ, *-ŋ>-ŋとしたい。では、-nと鼻母音はどうするか。
 -n>鼻母音という変化は、通言語的によくあるものだと思われるので、鼻母音の起源は*-nとしたい。すると、-nをどうするかだが、これは、*-l>-nとしてしまいたい。[l]が[n]になったり、[n]が[l]になるのは、これもよくある音変化といえるので、すっきりする。

-hの起源は

 -hはどうするか。[h]に変化しそうな音として、[ɹ], [s], [tʰ], [kʰ]などが思いつくが、末子音に無気・有気の別が存在したとは考えたくない。それで[ɹ]と[s]のどちらにするかだが、その場のノリとして(*-sは声調の発生源になっちゃいそうだなあというノリとして)*-ɹ>-hときめたい。
  [r]ではなく[ɹ]なのは、わたしが[r]を調音できないからであり、それ以外の理由はとくにない。

-nʔ, -mhなどの二重末子音を想定したくない問題

 ここまで決め終わって問題となるのは、am, iin/iːn/, uʲⁿ/ỹ/, ong/oŋ/といった、鼻母音や鼻音韻尾をもつ音節にも、*-ʔや*-hに由来する声調がのることである。こうなると、上古中国語と同様に、-nʔや-mh(あるいは-msか)といっためんどうな二重子音が音節末に存在したことになるが、古ネ語の音韻体系はなるべくシンプルなものにしたいという欲求が現時点ではあり、そのような末子音を想定したくない。
 そこで、鼻音韻尾をもっていた音節の声調発生の原因を、母音の長短に求めたい。現実世界にも、ごく少数ながら、母音の長短が原因で声調が発生したと考えられている言語があるから、それを取り入れよう。
 ここで、*kaːm>kam33, *kam>kam35としたい。これは「母音の長短により声調の別が生じた」ともいえるし、あるいは、さっきと言っていることが矛盾しかねないのだが、「*VːN, *VNにおいて、Vの長短の区別があいまいになったことで、わずかな期間だけ*VN, *VNʔのような発音になっており、その-ʔによって声調が生じた」という説明をつけてもいい。
 こうなると、鼻音韻尾および鼻母音では-hに由来する声調が出なくなってしまうのだが、「この音にはこの声調はあらわれない」というような「音韻体系のいびつさ」もわたしは好むのでちょうどいいだろう。あとで既に作った単語の声調を修正して、*-h由来の声調は鼻音韻尾および鼻母音の字ではごくまれにしか現れなくしておこう(声調に多少の例外はつきものであるから少しは残す)。

長母音・短母音の区別の起源は

 古ネ語の母音の長短の別は声調発生にかかわっていたので、現代ネ語の母音の長短の別にはこれまた別の起源を考えないといけないのだが、これはかんたんに、広東語と同じく母音の質の違いによって生じたのだと考えればよい。
 まだ具体的にどんな母音かは未定だが、これはまた次回以降の記事で考えることにしたい。

その他の末子音も考えよう

 ここまで出てきていない古ネ語の末子音についても考えるが、これは、なんとなく*-j>-i*-w>-uというのを想定したい。しかし、あとで母音について考えるときに、これがじゃまになれば、削除してもいい。

古ネ語の末子音の体系ができた

 まとめると、古ネ語に存在していた末子音は-p, -t, -c, -k, -m, -n, -ɲ, -ŋ, -ɹ, -l, -j, -w, -h, -ʔ(順番適当)ということになった。わりと現実的なラインナップではなかろうか。古代言語だからといって過剰に複雑な音韻体系を想定せず、現代にもよくありそうな感じにするのが今回の古ネ語再構のコンセプトだ、と今決めたのである。 終わり
 
 

 

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