以下に示すのは prēnʃas (本) の語形変化である。
不定 | 定 | |
---|---|---|
主格 | prēnʃorvi | prēnʃaʃi |
対格 | prēnʃas | prēnʃas |
属格 | prēnʃorvak | prēnʃasek |
後置詞格 | prēnʃor | prēnʃas |
奪格 | pranʃørvi | pranʃeʃi |
与格 | pranʃørun | pranʃeʃin |
具格 | pranʃørvak | pranʃesek |
見ての通り prḗnʃasъ / pranʃésъ と語幹が変化する。この ē :: a の対応はこれが直接祖語の *prə́ənxləsʷ と *prəənxlə́sʷ のアクセントによる反映形の違いに由来しており、これが非常に古い語彙であることを示唆する。しかしそれは本当だろうか?
まずもって、製本の技術がそこまで古くから存在していたとは考えづらい。第二に、前半の prēn はページを表す古語である prē の与格だが、この複合語の第一要素が与格を取るタイプの派生法は古バーシュ語との接触から生じたものであり、これが比較的新しい語彙であることを示唆する。
ではなぜ、pran という「恰も当時の話者が自分達の言語の史的発展を知っているかのような」形態が現れうるのだろうか?実はこれは古ドミュスヴィンチュ語の共時的な性質から説明できる。
現代では長母音は位置問わず現れることができるが、時代を遡れば母音の長短の対立はアクセント位置にしかなかった。現代語のアクセントのない長母音は Vh に遡るか、(e.g. īmí (小さい) < *ihmí) 借用語に含まれるものであるか、(e.g. kófȳbȳn (生徒))、アクセント位置が本来の位置から移動しているもの (e.g. sø̄nnṓsm (私は行かない) < *sḗnnaʍsmi) になる。
なので、*prḗnɬas という新語の斜格語幹は †prēnɬás たり得ない。そこに長母音が現れることはないからである。
では、なぜ *prenɬás とならないのだろうか?実はアクセントがない位置に現れる母音は本来短母音に限られるというだけでなく、本来原則的には a, i, u のみに限られている。確かに、本来語でもアクセントのない位置に e, o が現れることはあるが、(e.g. *séʁetu (乗り物)) これはかなり稀である。
つまり、prēn の音節は斜格語幹では pran か prin になることが期待される。その中で「正しい」pran が選択されているのは半ば偶然だが (短母音の e を含む *CreC の音節が *CraC に変化しやすいという事情からこちらが好まれたものと思われる)、当時の話者の知り得ない知識がないと構成できないという質のものでもないだろう。
後半の ʃas の部分が「正しく」変化しているのは同一の要素を含む *wī́ɬas (斜格語幹 *uɬés) との類推によるものである。
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