Migdal

cofi lover
cofi lover

Posted on

言語の対、光語を考える その1「言語はチート」

序論

 SF作品には様々な宇宙人が登場する。彼らの発話法は多種多様だと…思っていた。テレパシーだの4次元だの、こちらの科学的理解が追いつかないものはさておき、彼らも意思伝達には「声」を使いがちだ。

 考えてみれば、それはある種の必然なのかもしれない。音声コミュニケーションの利点を挙げてみれば、その合理性が見えてくる。

  1. 全方位性と遮蔽耐性:音は障害物を回り込み、光の届かない暗闇でも情報を伝達できる。視界が効かない環境で極めて有効だ。
  2. 指向性と範囲の制御:音源の方向を探知できるため、相手の位置特定が容易になる。また音量の調整により、秘話から広範囲への警告まで伝達範囲を意図的に制御できる。
  3. 豊かな情報量と表現力:高さ・強さ・音色・リズムの複雑な組み合わせで、膨大な情報を効率的に伝達可能。論理的な会話から、感情的なニュアンスまで表現できる。
  4. 身体活動との両立:発声は手足の自由を奪わない。移動、作業、戦闘といった他の活動を続けながらでもコミュニケーションが取れる。
  5. 即時性と非残留性:音は素早く伝わり、かつ不必要に残留しない。匂いのように情報が残り続けて混乱を招くことがなく、常にクリーンな通信が可能だ。
  6. 媒体の普遍性:生命が存在しうる大気や水といった流体は、音を伝える媒体としても機能する。多くの環境で自然に発生しうる選択肢と言える。
  7. 進化的な獲得コストの低さ:既存の呼吸器官などをわずかに変化させることで発声能力を獲得できる可能性があり、進化の経路上、比較的少ないコストで発達しうる。

 こうして見ると、音声がいかに合理的で強力なコミュニケーションツールであるかがわかる。SF作品の宇宙人たちがこぞってそれを採用するのも、ある意味で当然と言えるだろう。

 では、音声以外の伝達手段を持つ知的生命体は、存在しないのか……いや、そうではないかもしれない。かつてニカラグアで、音を持たない子どもたちが自らの手で全く新しい言語(ニカラグア手話)を創造したように、宇宙のどこかでは声以外の何かを使って彼らは会話しているはずだ。

 「音声言語」による寡占状態に、思考の楔を打ち込もう。SFならではの浪漫と科学的な想像力で、はじめから「声」を選ばなかった知的生命体の姿を、ここに創造してみよう!

1.五感から選ぶ

 生物には聴覚(言語)以外にも、感覚器官はある。それを使ったコミュニケーションを考え、後から提示するフィルターにかけていこう。
 名前は適当なので、あしからず。

(視覚)
ジェスチャー言語:手や触手、体全体の動きで対話する(例:地球の手話の高度版)

体表変化言語:皮膚の色や発光パターンを液晶ディスプレイのように高速・複雑に変化させて対話する(例:イカやタコ)

(触覚)
接触サイン言語:指や触手で相手の身体の特定部位に触れ、複雑なパターンで情報を伝える(例:触手話)

(嗅覚・味覚)
フェロモン言語:複数の化学物質を順番や濃度を変えて放出し、意思を伝える(例:アリやミツバチ)

物質交換言語:体から分泌した化学物質を、相手が舐めるなどして直接摂取する(例:犬の肛門腺)

2.言語の大前提

 さて、ひとまずは候補が出そろったところで、我々が創造する異星人の言語が満たすべき条件を定義しよう。その最重要の要件は、単なる意思疎通に留まらず、『科学文明を構築・維持できる』という点にある。

 そして、ある言語がこの要件を満たすためには、言語学的必然として以下の『4つの大原則』をクリアしなければならない。これらの大原則は『科学を編纂する』という点で言語が必要とするものをまとめたものだ。

原則1:永続性
【条件】 発話された情報を、一切の劣化なく、客観的な媒体に記録・再現できること。
【理由】 科学は、先人の発見の上に新たな知識を積み重ねていく、知識の累積そのもの。口伝のように、伝言ゲームで情報が劣化・変質するシステムでは、複雑な数式や実験データを何世代にもわたって正確に伝えることは不可能

原則2:厳密性
【条件】 語彙や文法の意味が、解釈のブレなく一意に定まること。
【理由】 科学は、厳密な「定義」の上に成り立つ。「質量」と「重量」が曖昧な言語では、物理学は発展しない。「必要十分条件」を表現できない言語では、数学の証明は不可能。感情や文脈による「空気」で意味が揺らぐことなく、客観的な事実を記述できる能力が求められる。

原則 3:抽象性
【条件】 目に見えない、物理的な形のない抽象概念を、具体的・体系的に表現できること。
【理由】 科学の根幹は、具体的な事象から普遍的な法則を導き出す、抽象的な思考にある。これを扱う語彙と文法がなければ、目の前の現象を記述するだけで終わり、その背後にある法則を探求する「科学」には至らない。

原則 4:拡張性
【条件】 新しい発見や概念に対して、体系的に、かつ無限に新しい言葉を創り出せること。
【理由】 科学の発展は、未知との遭遇の連続。新しい素粒子、新しい星、新しい社会理論が生まれるたびに、それを的確に表現する新しい語彙が必要になる。その造語ルールが非効率的だったり、すぐに限界が来たりするようでは、知識を拡大し続けることはできない。

 これを踏まえて、前述の言語を評価すると以下のとおりである。
Image description

 味覚や嗅覚に対するフェロモン系の言語は、これらの原則を満たせそうにはなさそうだ。匂いは風に流されて混じり合い、意図した通りの文意を保てない。また、匂いを劣化なく保存し、後世に伝える「書物」を作ることは、技術的にほぼ不可能だ。これでは、科学の知識を正確に累積していくことは望めない。

 ここで、反論としてある特定の化学物質をアルファベット化する案を考えてみよう。鋭敏な嗅覚で、その分子の匂いがわかるとして、それを「香素」としよう。バラが香素e,o,r,sという香りの混合と定義したら、バラに対する「eors」という一意的な単語が定まる。抽象性も、モノや本能的感情から水平思考していけばいい。英語のfreeが、印欧祖語の「pri-」(愛する)から、「frijaz」(愛されている、束縛されていない)、「freo」(義務から免除された、自分の意志で行動する)と派生したのがその例だ。こうすれば、原則に当てはまる言語が出来そうだ。

3.文明のフィルター

 しかし、これらの言語はこれとは別のフィルターを通す必要がある。それは社会学的なものだ。

フィルター1 狩り(文明の生成条件)
【条件】集団での狩りのような、流動的かつ即時的な連携を、障害物のある環境下で実現できること。
【理由】多くの文明の黎明期において、社会の形成は生存のための協調行動に基づくと考えられるからだ。言語がまず「生きるための道具」として機能しなければ、その話者たちは文明を築く前に淘汰される可能性が高い。

フィルター2 印刷(近代の生成条件)
【条件】言語が持つ情報を、有限個の規格化された記号(文字)へと、意味の損失なく変換でき、その記号体系を、安価かつ正確に大量複製する物理的技術と結びつけることができること。
【理由】活版印刷以前の世界では、手書きの書物によって「知」はごく一部の権力者に独占されていた。しかし、書物の大量複製が可能になると、誰もが等しく情報にアクセスする道が開かれる。それは、宗教改革によって神の権威を、市民革命によって王の権威を問い直す力となった。

 まず、接触言語は「文明の生成条件」を前に脱落する。物理的な接触を前提とするこの言語では、散開しての狩りや防衛といった、集団の生存に不可欠な協調行動が成立しない。その生存能力の著しい低さから、言語を築く以前の段階で淘汰されることは想像に難くない。

 次に、フェロモン言語もまた、その物理的特性によってふるい落とされる。風に流され混じり合うというノイズの問題(厳密性の欠如)に加え、情報を劣化なく保存する手段がなく(永続性の欠如)、抽象的な思考を扱う文法も持たない。これでは、集団の狩りには使えない。

 その結果、我々が設定した全ての文明史的フィルターを通過し、生存と発展の双方を可能にする、唯一の候補が浮かび上がる。
 それは視覚言語ただ一つであった。

4.さいごに

 これまでの厳格なフィルタリングを通過し、科学文明を築きうる唯一の候補として残った視覚言語。それは、大きくジェスチャー言語体表変化言語の二つに分類できる。

その中でも、手や触手を用いるジェスチャー言語は、我々にとって比較的想像しやすい。それは我々の手話や身振りの延長線上にあり、どこかに人間的な思考の影がつきまとうからだ。だが、我々がこの思考実験で真に求めるのは、より根源的で、より異質な知性の姿である。

だからこそ、我々は次なる考察の舞台として、体表変化言語――それもジェスチャーを一切介さない、純粋な光情報のみで対話する言語体系を選びたい。

この言語のリアリティを追求するためには、まず「なぜ彼らは声帯の代わりに発光器官を進化させたのか」という問いに答えねばならない。すなわち、彼らの母星がどのような環境であり、その結果としてどのような生物学的特徴を持つに至ったのか。その生態学的な土台を設定することから、彼らの言語「光語(こうご)」の構築を始めよう。

人気順のコメント(3)

Collapse
 
domere_metabaon_gie_xnocke profile image
zanariut

素人の意見ですが、光と仲間である電磁波を使ったコミュニケーションもありだと思います。
結構いろいろなものをすり抜ける気がするので、遮蔽物に強そうですし。
ただ、電磁波を感じとる器官の問題がありますよね…
あと原則2~4にあまり当てはまっていないです。

そしてこのコメントは記事の投稿日付に対して遅すぎる

Collapse
 
cofilover profile image
cofi lover

 透過性のある電磁場ならいいのではという意見ですが、いい疑問点だと思います。テレパシーぽくなりますしね。ですけど、いくつか問題点があります。

ここで、電磁波の波長から透過するものをさっと出しておきましょう。
↑X線(波長100nm~10µm)
|紫外線
|可視光
|赤外線
|マイクロ波(1~1000mm)
↓電波(1m以上)

 物質を透過しやすいのは、
 1. 波長が非常に短い電磁放射線(X線〜γ線)、および
 2. 波長が非常に長い電波(マイクロ波以上)
の両極端に限られます。
 では、これらの「極端な電磁波」を生物が利用できるでしょうか?

‐電磁放射線
 まず、紫外線(XUV)においては、波長が短い分レイリー散乱(夕焼けが赤くなるやつ。厳密にいうなら、粒子によって光が散乱される。式としては[散乱強度]∝[波長]-4)であっという間に散りじりになるので、空気中では短距離しか使えないんです。

 さらに波長が短いX線とかになると、エネルギーが強すぎるんで、体の中で放射線核種崩壊させるか原子での電子推移が必須だし、DNAもぶっ壊しちゃうんで使いづらいです。

 紫外線時点で、能動的に発生するには放電や蛍光といった高エネルギー反応が必要です。定量的に表すと、紫外線を能動的に発するには、1光子あたり数eV以上のエネルギーが必要です。一方で生体の化学エネルギー(ATP分解)はわずか0.3 eV程度。つまり1桁以上のエネルギー差があり、自然代謝でXUVを出すのは非現実的です。なので電磁放射線はむりぽです。

-電波
 それじゃあ、逆に波長を長くしてみましょう。たしかに、波長が長い分レイリー散乱は起きにくいです。しかし、波長が長くなりすぎると別の問題が現れます。それは生物がそれを扱うには、波長が長すぎるという点です。

 電波の放射効率を上げるには、アンテナ(共振器)の長さが波長の1/4程度必要になります。たとえば、波長30cm(1GHz帯)なら、7.5cmの導電構造が要る。1m帯なら25cm、10m帯なら2.5m。生物がこのサイズの導体を体内に形成し、なおかつ電流を制御するのは構造的に無理があります。

 加えて、生体組織は水と電解質に富むため、電波吸収が大きく、発射効率が極端に低い。空気中に電場を放出しても、体表で減衰してしまう。つまり、波長が長すぎるせいで、体が“アンテナに見合うサイズ”になれないのです。

 このため、電波通信を行おうとする生物は、巨大な身体(アンテナサイズ確保)、高導電性の組織、強力な発電器官のいずれかを進化させねばならない。しかしこのどれも、生態学的には著しく不利です。

 さらに、空気は水に比べて絶縁性が高く、電界結合による通信(電気魚のような方式)も途絶します。電波はレイリー散乱には強いけれど、生物が扱うには波が長すぎて掴めないのです。

 ざっと簡単にまとめると、電磁波を利用するには、波長が短い電磁放射線ならゴジラにならないといけないし、波長が長い電波ならキリンどころか高層ビルサイズのアンテナ体にならないといけない。
つまり、生物としての形を保ちながら通信を行える波長帯は、結局のところ「光」それも可視光から赤外の“中庸の帯”しか残らないのです。

Collapse
 
domere_metabaon_gie_xnocke profile image
zanariut

(ふんわり)理解できました!
なんかとても科学的?化学的?とにかく、合理的なのは可視光あたりの光なのですね。