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Himaneko Rano
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Шталькの歴史背景

Шталькが話されているシュタリカという国は、カザフスタンの西カザフスタン州・アティラウ州に位置する国でした。(独立当時はロシアのアストラハン州も含まれてた)現在はカザフスタンに編入されています。
歴史は詳しくないので、変なところがあっても許してください。(詳細はまだ考え中なので、ぼちぼち修正加えます。)

<1237年~現代まで>

・1237年
モンゴル帝国による侵攻、編入される。中世モンゴル語の流入。

・1242年
モンゴル帝国の分割。金帳汗国(ジョチ・ウルス)の一部となる。タタール語が流入。

・1300年代
ノガイ系遊牧民と接触、友好関係を築く。

・1429年
キプチャク=ハン国からシュタリカとして独立。

・1451年
ノガイ・オルダと同盟。ノガイ語が流入。

・1455年
カザフ=ハン国と同盟。カザフ語が流入。

「未定」

・1556年
ロシア帝国によるアストラハン州侵攻。これ以降、アストラハン州がロシア領に。

「未定」

・1731年
ロシア帝国による西カザフスタン侵攻。ロシア語の流入が始まる。

・1736年
完全なロシア帝国領土に。

・1800年代
ロシア帝国時代。ロシアを経由してフランス語、英語の語彙が流入。表記がキリル文字に。

・~1890年
シュタリク人は主に農民として働き、商業的農業を営む。

・1890年代
ロシア人農民の入植により工場労働者として働くシュタリク人が増える。

・1905年
革命によりストライキが広がる。民族意識が高まり、言語純化運動が始まる。

・1922年
「シュタリカ社会主義連邦ソビエト共和国」と名を改める。言語統制によりロシア語が深く浸透。特に軍、交通、経済関連のロシア語が流入。

「未定」

・1991年
ソビエト連邦が崩壊。カザフスタンの一部として再編入される。

・2000年代
シュタリク人は南ロシアやカザフスタンに住む。カザフスタンでは独立運動が頻発している。

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