序論
前回、『科学文明を構築・維持できる』という観点から言語以外のコミュニケーション法を探した。聴覚以外の感覚から、四つの大原則(永続性・厳密性・抽象性・拡張性)という言語学的要素、そして、社会学的要素(狩りと印刷)から視覚コミュニケーションのみが適合した。
今回では、視覚言語つまり光を能動的に発生させる「光語」がどのようなものになるかを、環境設定から考える。
その2の全編において、言語学とはかけ離れた、理屈ったらしい天文学、地学、生物学などなどの話になるので、光語の文法などを期待している方は、その3以降をしばしお待ちいただきたい。
1.環境設定の前置き
地球上には約870万種もの生物がいて、地上動物は約650万種存在する。その中には、ホタルの明滅や一部海洋生物の発光のように、配偶行動・識別・警告等の情報伝達(光通信)自体は存在する。しかし、光を主たる媒体として“複雑な命題内容をやり取りする言語的会話”を行う陸上動物は、現在までに確認されていない。それはひとえに、地球環境では光語が言語に勝る点はないからだ。
言語が光語に勝る点としては以下のとおりである。
1.遮蔽・障害物への耐性
• 声は壁や茂み、霧などの障害物をある程度透過して伝わるため、視線や直線的な視界を要しない。
• 光語は基本的に視線を要し、相手の視界に信号を投影・表示できる面(体表・器官・媒体)が必要になる。2.省エネルギーかつ即時性
• 発声器官は少ないエネルギーで大きな距離まで情報を届けられる。
• 光語は発光・偏光・配光制御のため、代謝負担や器官コストが大きい。3.多人数同時コミュニケーション
• 声は同時に複数者へ向けられ、群集に一斉に届く。
• 光語も広角発光で拡散は可能だが、遮蔽物や姿勢で受信者が限定されやすい。4.ノイズ耐性
• 音声は周波数帯を分けることで、環境騒音下でも内容を抽出しやすい。
• 光語は背景光の変動や気象ノイズ(霧・埃)に弱い。5.感情・ニュアンスの多層伝達
• 声の抑揚・速さ・音質で豊かな感情表現が可能。
• 光語も色相・輝度・点滅パターン・偏光などで多層化できるが、環境光ノイズと視程によりダイナミックレンジが制約されやすい。
以上の点を踏まえると、地球環境に似た惑星下では音声言語が圧倒的に優れており、光語が主流となる条件はほとんど存在しない。よって、光語というものは言語が使えない場合の代替。つまり、それ専用の環境が無ければ生まれえない会話体系である。
したがって、光語を成立させるために環境を設定してみよう。光語が主流となり得る、環境を以下のように揃えてみる。
1.音波伝播の致命的制約
• 大気が極端に薄い、または高粘性(音速が極端に遅い/減衰が激しい)2.常時薄暗~暗所が支配的
• 恒星光が微弱で、地表はほぼ常に薄明か真夜中に近い
• 視認性が昼夜を問わず同程度に限定3.視界かつ直線視認が確保できる地形
• 開けた平原や氷原など、遮蔽物が少なく視線を遮られにくい
• 壁・樹木・山岳が乏しい一方向的な地形
よって、以上の観点より赤色矮星を主星に持つ惑星が舞台となるだろう。
赤色矮星とは、太陽の約8%から60%程度の質量しか持たず表面温度も低いため、可視光のうち赤波長域と近赤外域が優勢となる恒星を指す。その低光度ゆえに惑星は常に薄明か薄暗い環境となり、昼夜の明暗差も小さい。また燃料消費が緩やかで数千億年以上にわたって安定的に輝き続けるため、そこに生まれ育つ生物は長い時間をかけて暗所適応し、光によるコミュニケーション機構を進化させる余地が生まれる。
ここから先は、この惑星をルブラリス、主星をセファエルとして世界観を設定することにする。ただし以下は言語学を離れ、居住可能性や天体条件の話へ踏み込むため、「赤色矮星起源の光語」という主題に直接興味がない読者は概略の流し読みで差し支えない。
今回、赤色矮星セファエルを以下のように設定する。
基本物理パラメータ
質量: 0.125 M☉ (太陽質量の12.5%)
半径: 0.150 R☉ (約104,400 km)
光度: 0.002 L☉ (太陽光度の0.200%)
表面温度: 3,150 K
スペクトル型: M4-M5型 (全対流赤色矮星)
B-V色指数: +1.9
主系列寿命: 数千億年放射特性
ピーク波長:0.92 μm(920 nm, 近赤外)
可視光内の相対配分(400–700 nm 内で正規化):
— 青(400–500 nm):5–10%
— 緑(500–600 nm):20–25%
— 赤(600–700 nm):65–75%
近赤外(700–1000 nm):可視総量の約1.3〜1.7倍フレア活動(UV Ceti型変光星)
頻度: 数時間〜数日ごと
エネルギー: 10³⁰〜10³³ erg/回
継続時間: 数分〜数時間
X線/UV増光: 通常の100〜1,000倍(ピーク時)
生命への影響: 磁場シールドが不可欠
2.軌道設定の前提
軌道設定において、一番聞き覚えがあるのはHZ(ハビタブルゾーン)だろう。HZとは、惑星がその表面に液体の水を持つ、恒星の周囲の理論上の空間である。 液体の水は地球の全ての生態系にとり不可欠だとみなされており、エネルギー源の次に、生命の最も重要な要素だと考えられている。私は生物学や代替生化学などに明るくないので、水と炭素を使わない生命モデルについての想像ができない。よって、これを採用することにする。
しかし、赤色矮星の場合、HZは一度移動するといっても過言ではない。赤色矮星は非常にゆっくりと進化するため、PMS(前主系列期)と呼ばれる恒星の誕生時の段階にある期間が質量依存で数億年〜約10億年ほどと長い。PMSでは半径・光度がZAMS(主系列到達)時より高く、HZはより外側に位置する。やがて恒星が主系列に到達して減光すると、HZは内側へ移動する。このため、将来の主系列期に HZに入る軌道の惑星は、PMS 中は高温・高XUV(極紫外線)環境に長期曝露される可能性が高い。
このことの問題点は、HZに位置する予定の惑星の形成中に水があったとして、その後数億年間は暴走温室状態(気温が非常に高く、水がすべて蒸発してしまって海洋が存在できないような状態)になることだ。こうした環境下では、蒸発した水が大気上層にて、光分解により減少していく。そして、分解してできた水素は、主にXUV加熱に駆動された流体力学的散逸で宇宙空間へ失われる。後には生物には向かない酸素過剰な大気が残る。地殻・マグマオーシャン等への酸化シンクが大きければ大気にO₂が長期滞留しない場合もあるが、水自体は損失する。結果として、PMSの長さ・XUV量・惑星質量と初期水量・雲被覆や自転状態などによって、水の残存は大きく振れる。
ここで、太陽系との比較で時間感覚を整理しておく。太陽の形成は約46.0〜46.7億年前、ZAMS到達は形成後数千万年規模。地球の海は約44億年前に存在の痕跡が現れ、約38億年前には安定水圏の証拠がある。重要なのは、ZAMS到達から安定水圏の確立までが比較的短い一方、赤色矮星ではPMSが長く、将来HZとなる軌道が長期の高入熱に晒され得るという対比である。
以上より、赤色矮星系で海を長期維持できる軌道は、単純な「在か不在か」の二択ではなく、進化史と供給史を含む時間依存の窓として捉えるべきだ。たとえ ZAMS到達時点で古典的HZ外縁より外側に位置していても、大気組成と全圧次第では海の維持があり得る。PMS期に水が宇宙空間に喪失したとしても、太陽系における後期重爆撃期のような小惑星衝突や彗星衝突による揮発性供給で海を獲得する可能性もある。
なお本稿で想定する惑星は、ZAMS到達後にHZが内側へ縮退した結果、相対的に寒冷側(HZ外縁側)へ外れるが、強い温室効果を持つタイプである。具体的には:
公転半径:a = 0.113 AU
主星質量:0.125 M☉ に対しての公転周期は ≈ 39.2 日(整合)
大気:全圧 ≈ 数バール級(例:4.5 bar)、CO₂・CH₄ を含む温室強化
気候像:受光不足を温室で補い、昼夜循環と大規模輸送で熱を再配分
総括すると、赤色矮星系での居住可能軌道は「そこに位置するか否か」の二択ではなく、恒星進化と大気進化を織り込んだ“時間窓”で評価すべき対象である。ルブラリスは “ZAMS 後に寒冷側へ外れたが、厚い大気で可住性を取り戻す”という立場に置く。
3.磁場と天体軌道
天体設定において、最大の論点は惑星がどの程度の磁場を確保できるかだ。まず、私たちの地球がなぜ大気を保てているのか考えてみよう。太陽からは常に「太陽風」という高速の電気を帯びた粒子が吹き出している。この粒子や、強いX線・紫外線(XUV)が当たると、惑星の上空の空気は電気を帯びたり、とても高温になる。電気を帯びた空気は星風の電磁場に引っ張られて宇宙へ連れ去られる(イオンピックアップ)。また、星風の粒がぶつかる衝撃で周りの粒まではじき飛ばされる(スパッタリング)。さらに、強いXUV照射は上層を過熱し、軽成分は自然に抜け出したり(ジーンズ脱出)、時には大気全体が膨張することでまとめて吹き出したりしする(流体力学的散逸)。
地球が大気を保てているのは、地球が巨大な磁石になっているからだ。地球の磁場は目に見えないバリアのように太陽風をそらし、大気を守っている。実際、火星を見てみよう。火星も昔は磁場を持っていたが、約40億年前に失ってしまった。その後、何十億年もかけて大気のほとんどを宇宙へ失い、今では地球の1/100しか大気がない。表面は極寒で、水も液体では存在できない。
ルブラリスの場合、問題はもっと深刻だ。主星セファエルは赤色矮星で、地球の太陽よりずっと激しいフレア(爆発現象)を頻繁に起こす。フレア時には通常の数十倍もの高エネルギー粒子が惑星に降り注ぐ。磁場がなければ、数億年で大気を失ってしまうだろう。
惑星の磁場は、惑星の中心部にある「外核」という液体金属の層から生まれる。これを理解するために、簡単な電磁石を想像してみよう。鉄の棒に銅線を数十周巻き、電気を流すと鉄の棒が磁石になる。中高生の間に一度でもやったことがある実験だ。惑星の中でも似たようなことが起きている。
惑星の中心にある核という液体金属の集まり。そこの外側である外核(液体の鉄とニッケル。内核の場合は固体になる)は常に対流する(温かい部分が上昇、冷たい部分が下降)。惑星は自転しているので、この液体金属の流れがねじれる。これが電磁石で言う銅線となる。このねじれた流れの中を電気が流れると磁場ができる。できた磁場は、さらに対流を整えて、電気をもっと流す。こうして磁場がどんどん強くなる。この自己増幅のサイクルを「ダイナモ作用」という。
以上のメカニズムから、核で磁場が生まれるには、3つの条件が必要だ。電気を通すために金属があること。電気を産むために、熱くて対流していること。対流がねじれて磁場を産むために、惑星が回転していること。
地球の場合、外核が今も熱い理由は:
惑星ができたときの熱が残っている(原始熱)
放射性元素(ウラン、トリウムなど)が崩壊して熱を出す
内核が少しずつ固まるときに熱を放出する
これらの熱で外核がゆっくり対流し、地球の自転がその流れをねじる。その結果、地球の磁場(約0.5ガウス)が生まれ、何十億年も保たれている。
さて、今回のルブラリスではその自転に制約がかかる。赤色矮星セファエルのパラメータからして、HZはPMS(ZAMS前)が高光度(本稿では便宜上4倍)のため 0.085–0.123 AU、ZAMS到達後は減光して 0.043–0.061 AU とみなせる。ここで、ZAMS後にHZから離脱するという設定の下、惑星の公転軌道を 0.113 AU、質量を 4.52×10²⁴ kg(≃0.756 M⊕) としよう。AU(天文単位)は地球—太陽間の平均距離である。HZの外側に出たとしても、太陽系的なスケール感で言えば依然として主星に非常に近い軌道であることがわかる。このような近距離軌道の最大の問題が「潮汐ロック」だ。
惑星は完全な球ではなく、重力で少し引き伸ばされた楕円形をしている。恒星に近い側が強く引っ張られ、遠い側は弱く引っ張られるからだ。この「潮汐力」によって惑星は常に恒星の方向へ引き伸ばされようとする。もし惑星が自転していると、この膨らみが恒星の方向からずれる。すると恒星の重力が膨らみを「正しい位置」に戻そうとして、自転にブレーキをかける。これが何億年も続くと、最終的に自転が同期し、常に同じ面を恒星に向けるようになる。これが潮汐ロックだ。月を思い出してほしい。月は常に同じ面を地球に向けている。これは地球の重力が月の自転にブレーキをかけ続けた結果だ。同じことが、恒星に近い惑星でも起きる。
潮汐ロックされた惑星では、片面は永遠の昼、反対側は永遠の夜になる。昼側は灼熱、夜側は極寒。大気があれば昼側から夜側へ風が吹くが、温度差があまりに激しいと大気が夜側で凍りついてしまうこともある。何より、自転が弱まれば外核の対流がねじれにくくなり、磁場も弱くなる。そのため、自転が弱い(コイルの巻き数が少ない)分、対流の速度を上げる(電流を増やす)工夫をしなくてはならない。対流速度を上げるには、外核にもっと熱を供給すればいい。地球の3つの熱源だけでは不十分なら、第4の熱源を追加するのだ。それが「潮汐加熱」である。
ここで木星の衛星「イオ」の例を見てみよう。イオは木星にとても近く、完全に潮汐ロックされている。自転周期と公転周期が同じ1.77日で、常に同じ面を木星に向けている。ところがイオは太陽系で最も活発な火山活動を持つ天体だ。なぜこんなことが起きるのか?
答えは「軌道の楕円性」にある。イオの軌道は完全な円ではなく、わずかに楕円形をしている(離心率0.0041)。楕円軌道では、木星に近づいたり遠ざかったりを繰り返す。木星に近いとき、潮汐力は強くなりイオは大きく引き伸ばされる。遠いとき、潮汐力は弱まり元の形に戻ろうとする。この「引き伸ばし→緩み」が1.77日ごとに繰り返される。
想像してほしい。クリップを何度も曲げ伸ばしすると、だんだん熱くなる。これは金属の中で原子がこすれ合って摩擦熱が生まれるからだ。イオでも同じことが起きている。岩石や金属が繰り返し変形することで、内部に膨大な摩擦熱が発生する。この熱を「潮汐加熱」という。イオでは年間10²⁰ジュール(地球の全火山活動の100倍)もの熱が生まれ、内部を溶かし続けている。
では、イオの軌道はなぜ円に戻らないのか。ふつう潮汐は軌道を円形化する方向に働く。イオが楕円を保てるのは、外側の衛星エウロパ、ガニメデとの軌道共鳴(4:2:1)があるからだ。三者が定期的に特定の位相関係を取り、そのたびに重力で引き合って離心率をポンプする。
ルブラリスの軌道離心率eを0.02に設定してみよう。これはイオの離心率0.0041の約5倍だ。公転周期39.23日の間に、恒星との距離が±0.00226 AU(約34万km)変化する。これにより恒星の潮汐力が強弱を繰り返し、惑星全体が「揉みほぐされる」ように加熱される。問題は、このわずかな楕円性を長期に維持できるかどうかだ。
イオでは外側衛星が離心率を支えた。同じ理屈で、ルブラリスの e=0.02 を長期に保つには外側に共鳴相手が要る。ここで「ネプラリス」という外側惑星を導入する。
まず、なぜ外側なのか?それは軌道の力学による。内側の天体は速く回り、外側の天体はゆっくり回る。ルブラリスの公転周期は39.23日だから、例えば外側に公転周期78.46日(ちょうど2倍)の惑星を置くと、ルブラリスが2周する間にネプラリスが1周する「2:1共鳴」が生まれる。この整数比の関係により、2つの惑星は定期的に同じ位相で並び、そのたびにネプラリスの重力がルブラリスをわずかに揺さぶる。この定期的な摂動が、ルブラリスの軌道楕円性(e≃0.02)を長期にわたりポンプし続ける。公転周期78.46日になる軌道半径を計算すると、約0.179 AUとなる。これはルブラリスの軌道(0.113 AU)の約1.59倍の距離だ。この位置にネプラリスを配置する。
ではネプラリスはどんな惑星か?赤色矮星セファエル(質量は太陽の12.5%)のような小さな恒星の周りでは、木星のような巨大ガス惑星は形成されにくい。恒星質量が小さいと、惑星を作る材料の「原始惑星系円盤」も小規模になり、特に水素やヘリウムのガスが少ないからだ。しかし「ミニネプチューン」と呼ばれる中型惑星なら形成可能だ。
ミニネプチューンとは、地球の3〜10倍程度の質量を持ち、岩石や氷のコアを厚い水素・ヘリウム大気(あるいは水蒸気を含む揮発性包層)が包む惑星だ。実際の観測でも、赤色矮星の周りでこのタイプの惑星が見つかっている。ここではネプラリスを地球の6倍の質量と設定しよう。組成は岩石・氷のコアに厚いH/He・H₂O大気をまとう像を想定する。0.179 AUという位置は恒星から見れば冷涼域で、平衡温度は低いが、厚い大気の温室効果により大気下層は氷点下〜数十度程度まで暖められうる。
この質量6倍のネプラリスが、質量0.756 M⊕(4.52×10²⁴ kg)のルブラリスと2:1共鳴を組むことで、ルブラリスの離心率e≃0.02を数十億年スケールで維持可能にする(共鳴の具体的安定域は内部構造や減衰率に依存するが、3:1より一般に持続性が高い)。
さらに、ネプラリスにはもう一つ重要な役割がある。「小惑星の掃除」だ。太陽系では木星が小惑星帯の天体を重力で制御し、地球への衝突頻度を相対的に下げている。ルブラリスとネプラリスの中間域(概ね0.14〜0.18 AU付近)でも、二惑星の重力競合により集積が停滞して残骸帯が形成されうるが、ネプラリスの摂動はこれら小天体の軌道を乱し、外側散逸や恒星落下を促す。結果として、ルブラリスへの大型衝突の長期平均頻度を相対的に低減しうる。
離心率を長期に保つ仕組みをさらに確実にするため、ルブラリスの内側にも共鳴相手を置く。ここで導入するのが「エリュオリス」だ。意図は単純で、外側のネプラリス(2:1外共鳴)に加えて、内側からも弱い離心率トルクを供給し、位相を安定化させることである。
配置は3:2内共鳴とする。ルブラリスの公転周期は39.23日だから、エリュオリスは約26.15日で主星を巡る。ケプラー則により軌道半径は0.086AUとなる。質量は0.3〜0.8 M⊕の中量級を想定する。これならルブラリス(0.756 M⊕)との相互ヒル半径に対して軌道間隔は十分大きく、長期安定域に入る。
力学的効果は二つ。第一に、エリュオリスの3:2 内共鳴が、外側のネプラリス(2:1)と合わせて緩い位相連鎖を作り、ルブラリスの離心率を過不足なくポンプする(過剰励起を避けるため内側は3:2に留める)。第二に、内外からの摂動が互いに位相平均化を与え、短周期の揺さぶりを相殺して長期の準定常を作りやすい。
さらに、ダメ押しでルブラリスに2つの衛星を用意しよう。主衛星「ミラエ」と第二衛星「セルヴィア」だ。
主衛星ミラエは惑星から約67,200 km(≈11.5 Rₚ)の距離を2.31日で一周する。質量は惑星の0.8%で、月と地球の質量比(1.2%)よりやや小さい。重要なのは、ミラエの軌道も楕円形(離心率 e≈0.02)だということだ。さっきの惑星同様、第二衛星セルヴィアは惑星から約106,700 km(≈18.3 Rₚ)を4.62日で一周。つまり、ミラエが2周する間にセルヴィアが1周する「2:1軌道共鳴」である。この共鳴により、ミラエとセルヴィアは定期的に一直線に並ぶ。そのたびにセルヴィアの重力がミラエを引っ張り、軌道を揺さぶる。これがミラエのe≈0.02を維持する。
さて、恒星からの潮汐と衛星からの潮汐。ルブラリスは二重の「揉みほぐし」を受けることになる。一つは恒星セファエルとの間。離心率0.02の楕円軌道を39.23日で回るため、恒星との距離が変化し、潮汐力が強弱を繰り返す。もう一つは主衛星ミラエとの間。ミラエも離心率0.02の楕円軌道を持ち、2.31日ごとに惑星を変形させる。
この二重の潮汐加熱がどれほどの熱を生むか、イオとの比較で考えてみよう。イオの潮汐加熱は年間およそ 10²⁰ ジュール規模だ。ルブラリスの場合も、恒星起源+衛星起源の合算が 10²⁰ J/年 級に達しうる(正味は内部構造・ラブ数 k₂・Q 値などに依存する)。重要なのはオーダーであって、地球の全火山活動(~10¹⁹ J/年)を上回りうる内部駆動を長期に確保できる、という点だ。
この膨大な熱はどこへ行くのか?惑星内部の各層に配分される。マントルでは相当分が吸収され、プレートテクトニクスや火山活動を駆動する。外核へは残りの有意な熱流が入り、液体金属の対流の持続と強化に寄与する。温められた部分は軽くなって上昇し、冷えた部分は重くなって沈む。地球の外核では対流速度は秒速 ~0.5 mm程度、つまり年あたり十数メートルと非常に遅い。ルブラリスでは、潮汐加熱により外核への平均熱流が地球より厚めとなり、かつ外核の厚さを ~2,100 km(地球は ~2,300 km)とやや薄く設定しているため、熱の上下輸送が効きやすい。この二つの効果で、対流速度は秒あたりミリメートル級まで底上げされうる。
前述したとおり、ルブラリスの自転は恒星の潮汐で7.85日と遅くなる。地球の24時間と比べれば約8倍遅い。だが、潮汐加熱で外核への熱流が底上げされ、かつ外核をやや薄く(≈2,100 km)設定すれば、液体金属の対流は十分に維持・強化される。ダイナモの要は回転(コリオリ力)と対流強度のバランスだ。専門的には「ローズビー数」が目安になる。理想は0.1以下、ルブラリスの想定は≈0.1〜0.2の遷移域だが、回転が流れをある程度支配する側を確保できる見込みが立つ。
この条件下でダイナモ作用を計算すると、表面磁場の強さは約0.82ガウスになる。地球の表面磁場(約0.5ガウス)の1.6倍だ。磁場の構造は地球のような単純な「棒磁石型(双極子)」ではなく、やや複雑な形になるが、惑星全体を覆う安定した磁場であることに変わりはない。
この0.82ガウスの磁場が作る「磁気圏」(磁場のバリア)は、惑星半径の約11倍まで広がる。つまり惑星の中心から約64,000 kmの範囲が保護される。これは地球の磁気圏(半径約10倍)よりやや大きい。
では、この磁気圏は赤色矮星のフレアからどれだけ大気を守れるのか?セファエルは頻繁にフレアを起こし、通常の数十倍もの高エネルギー粒子を放出する。磁場がない場合、これらの粒子は大気を直撃し、年間約10²⁹個の大気分子を宇宙へ吹き飛ばす。大気圧4.5atm(地球の4.5倍)でも、数億年で大気の大半を失う計算だ。
しかし0.82ガウスの磁場があれば、粒子の99.7%を磁気圏で跳ね返せる。実際に大気に届くのは約10²⁶個/年に減る。この散逸率なら、大気の寿命は約80億年だ。セファエルのような赤色矮星の寿命は数千億年以上なので、磁場さえあれば大気は事実上永続的に保たれる。
さらに、ルブラリスには「保険」もある。活発な火山活動だ。潮汐加熱はマントルも温めるため、火山からCO₂やCH₄が常に放出される。年間約3×10¹²キログラムの火山ガスが大気に加わり、わずかな散逸を補って余りある。これは地球の火山ガス放出量の約10倍だ。
パラメータとして、内部構造も設定しておこう。
内核(固体の鉄‐ニッケル合金)
半径:1,400 km
質量:惑星全体の約3.1%(外核と合わせたコア合計 ≈ 41%)
組成:鉄85%、ニッケル12%、硫黄3%
温度:約5,200°C(超高圧で固相安定)
状態:固体(高圧で融点上昇のため)外核(液体金属層)
内側半径:1,400 km
外側半径:3,500 km
厚さ:約2,100 km(地球の外核 ≈2,300 km よりやや薄い)
質量:惑星全体の約38%(コア合計 ≈ 41%)
組成:鉄80%、ニッケル8%、硫黄7%、酸素5%
温度:下部 〜5,200°C → 上部 〜3,800°C
粘性:液体鉄相当(mPa·s級)
状態:液体導電性流体(ダイナモの主舞台)マントル(珪酸塩岩石層)
内側半径:3,500 km
外側半径:5,820 km(表面)
厚さ:約2,320 km
質量:惑星全体の約58%
組成:主に Mg‐Fe 珪酸塩(オリビン、輝石など)
温度:下部 〜1,900°C → 上部 〜1,200°C
状態:固体だが極めて粘性の高い流動(10¹⁹〜10²¹ Pa·s)地殻
厚さ:平均45 km(大陸部 〜60 km、海洋部 〜30 km)
質量:惑星全体の約0.7〜1%(地域差で変動)
組成:海洋地殻=玄武岩質、大陸地殻=安山岩〜花崗岩質
内核は磁場を直接は作らないが、ゆっくりと成長している。外核の液体金属が冷えて固まり、少しずつ内核に付加される際、凝固熱と軽元素(硫黄・酸素など)の排出による化学的浮力が発生し、外核対流の追加エネルギー源となる。地球でも同じ仕組みが働いている。
外核は、潮汐加熱+放射性崩壊+内核成長で温められ、強い対流を維持する。液体金属は高い導電率を持つため、対流しながら電流が流れ、惑星自転によるコリオリ力で流れがねじれ、自己増幅的なダイナモが成立する。外核厚をやや薄く設定したのは、前述のとおり、回転支配(低ローズビー数側)を保ちやすくするためである。
コア質量比が地球(≈32%)より大きい(本惑星 ≈41%)のは、形成材料が鉄に富んでいたことを示唆する。原因としては、原始惑星系円盤が近傍の超新星残滓で金属富化していた、というシナリオが自然だ。観測でも、母星や周囲環境に対して鉄分に富む系外惑星の例が報告されており、この設定は現実のバリエーションの範囲に収まる。
マントルは地球と似た組成だが、やや鉄が多い。これも材料の円盤が金属富化していた名残だ。マントルは直接は磁場を作らないが、2つの重要な役割がある。
一つ目は「熱の調整役」だ。外核からの熱と潮汐加熱をゆっくり表面へ運ぶ。急激に冷えすぎると外核が固まってしまうし、熱が逃げなければ対流が止まる。マントル対流がちょうどいいペースで熱を逃がすことで、外核のダイナモを維持する。
二つ目は「プレートテクトニクス」だ。潮汐加熱の半分程度はマントルで吸収される。この熱がマントル対流を駆動し、地表のプレート(岩盤)を動かす。地球でも同じ仕組みで大陸が移動し、山脈ができ、火山が噴火する。ルブラリスでは潮汐加熱のおかげで、小さな惑星なのに活発なプレート運動が起きる。
プレートテクトニクスは磁場の維持にも貢献する。プレートが沈み込むとき、冷たい岩石が深部へ運ばれる。これが外核の上部を冷やし、対流を強める。また、火山活動で大気にCO₂が補給され、温室効果と大気圧を保つ。磁場、気候、地質活動がすべて連動しているのだ。
最後に、自転について設定しよう。潮汐ロックについて触れたが、これを避けたい理由は自転が遅くなるからだけではない。もっと根本的な問題がある。それは「昼と夜のサイクル」と「年という時間単位」をどう作るかだ。
地球では24時間で1日、365日で1年という、私たちにとって当たり前のリズムがある。これは自転周期と公転周期が全く異なるからこそ成り立つ。ところが潮汐ロックされると、自転周期と公転周期が同じになる。ルブラリスなら39.23日で1回転し、39.23日で恒星を1周する。つまり、常に同じ面を恒星に向け続ける。
この状態では「1日」という概念が成り立たない。昼側の住人にとっては永遠の昼、夜側の住人にとっては永遠の夜だ。さらに「1年」も意味を失う。季節の変化には軸の傾きが必要だが、潮汐ロックされた惑星では軸の傾きも次第に消えていく(恒星の重力が軸を垂直に引っ張るため)。
そこで、完全な潮汐ロックは避け、「準同期自転」という状態を目指す。公転周期39.23日に対し、自転周期を7.85日、つまり公転周期のちょうど5分の1に設定するのだ。公転5周する間に、自転1周する整数比の関係だ。
5:1共鳴は完全な潮汐ロック(1:1共鳴)ほど安定ではないが、ある条件下では長期間維持できる。その条件が「厚い大気」だ。
ルブラリスはHZ外にあるため、温室効果で気温を保つために約4.5気圧の厚い大気を持つとしよう。この大気が恒星に照らされると、昼側で膨張し、夜側より密度が高くなる。この非対称な大気分布が、自転方向への「トルク」(回転力)を生み出す。
風車を考えてみよう。片側だけ風が当たると、風車は回り続ける。ルブラリスでも同じだ。恒星光が常に当たる側の大気が膨らみ、それが「風」のように惑星を押す。この力が潮汐ブレーキ(恒星の重力が自転を遅くする力)の一部(数割規模)を打ち消す。
実際、金星でも似た現象が起きている。金星の自転は243日と極めて遅く、太陽に対してほぼ潮汐ロック寸前だ。しかし厚い大気(地球の約90倍)の熱潮汐トルクのおかげで、完全なロックを免れている(向きは逆だが)。
ルブラリスの場合、厚い大気と0.113 AUという近距離受光による熱潮汐トルクが潮汐ブレーキの相当部分を相殺し、残るブレーキは5:1共鳴という“溝”で受け止められる。
溝にはまった状態とは何か。自転周期が公転周期の整数分の1(1/2、1/3、1/5など)になると、重力の引っ張りが特定パターンで繰り返される。このパターンが軌道の楕円性(離心率0.02)と組み合わさると、ある自転速度で「安定点」ができる。完全に止まるわけではないが、その速度付近で留まろうとする力が働くのだ。
計算すると、7.85日自転(5:1共鳴)は、離心率0.02と大気圧4.5atmの条件下で、数十億年にわたって維持できる。自転は少しずつ遅くなるが、その変化は極めて緩やか(1億年で数時間程度)で、恒星の寿命(数千億年)に比べれば無視できる。
こうして、ルブラリスは7.85日で1回転する。地球時間で昼夜がそれぞれ約118時間続く。これは地球人には長すぎるが、厚い大気が熱を運ぶため、昼夜の温度差は±12°C程度に収まる。現地の生命にとっては、これが「1日」のリズムだ。
4.一旦のまとめ
光語は、地球環境では音声言語に比べ情報帯域・即応性で不利になりがちだ。ゆえに本計画では、光語の利点が最大化される赤色矮星系を舞台に選び、強磁場の維持(コア・ダイナモ)、衛星による潮汐駆動、公転・自転周期と軸歳差といった天体条件を、文明設計の一次要件として組み込んだ。しかし、これらは単なる情景ではない。暦法・社会リズムを規定し、オリオンのように季節の到来を告げる天象が狩猟・播種・収穫の合図や神話記号として語彙・象徴体系に編み込まれる。さらに、月相や大潮との連動は作付暦・祭儀日程・夜間航路の設定を決める。天体と宗教、そして宗教と文化は陸続きだ。
異星人のすみかを設定するにあたり、光語を話させるうえでここまで面倒な前提がいるとは予想外だった。しかし、始めてしまった以上は言語の雛型を作り上げるところまでは到達したい。
次回は、舞台の骨組みが出来たところで、呼吸をする大気づくりになる。また面倒な理系の理屈が続くが、言語を話せない決定的な理由付けにもなっているので、ぜひ目を通してほしい。
また、私は天文は専門じゃないので、この記事はWikiや文献、webサイトの鵜呑みでできている。間違いが見つかったらコメントで教えてほしい。
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