君とSuomiで話したい
1 ありがとうの形
9月も終わりに近づきつつあるのに、朝の教室は夏のように蒸し暑い。僕は堤晴人、しがない高校1年生である。
趣味はゲームと読書。特別な取り柄は何もない。
今は席に座って、スマホでネットニュースを眺めている。話す友達がいないからだ。画面の上から下へ流れるニュース。縄文土器、語学ブーム、貯金、エトセトラ。どれも自分には関係ないな……
と、朝の予鈴が鳴った。慌ててスマホをカバンに押し込む。ほどなくして先生が、ドアをゆっくりと開けて入ってくる。スマホが見つからなくてよかった。セーフ。
先生は、教壇に立つと「皆さんおはよう。突然ですが、今日は転校生を紹介します」と言い、続けて大きな声で「入っていいですよ」と廊下の誰かに向かって促した。
すると、薄い茶髪に青い目の、少し小柄な女の子が入ってきた。おおっと男子勢からどよめきが上がった。女子たちは「もう噂で知っています」とでも言いたげに静かに様子を見ている。
先生が自己紹介するように言うと、女の子はうやうやしく礼をしながら「こんにちわ」と少し緊張した声で言った。
そして「私はマーリット・ユーティライネンです。留学のためにフィンランドからきました。日本語を勉強しています。よろしくお願いします」とやや早口で続けた。
可愛い子だなぁ、と少し思った。
朝礼が終わり、授業までの小休止。転校生の席には人だかりができている。自分の真後ろだ。聞いたこともない国からの転校生に、自分も声をかけてみたいと思った。だけどたくさんの人に囲まれていて話しかけにくいし、外国人には陽キャが多いイメージもある(陰キャには話しかけられない。)
後ろからのざわめきが消えた。皆1時間目の準備を始めたのだ。自分もカバンから教科書、ノート、筆箱を出した。そのとき後ろから突然声をかけられた。転校生の……マーリットだった。
「no……すみません、私にあなたの鉛筆を貸してくれませんか? 」
突然のことだったので、半ば反射的に「どうぞ」と鉛筆と消しゴムを差し出した、
「kiitos……」
「キート? 」
マーリットが何を言ったかわからず、思わず聞き返したが彼女は首を振って「間違えた、ありがと、気にしないで」とだけ言って黙ってしまった。
それから授業の間ずっとぼんやりキートの意味が何かを考えていた。きっとただの言い間違いだろう。でも、何だか気になった。よくわからないけどモヤモヤした。
授業が終わったらマーリットに「キート?」の意味を聞いてみよう。だけど彼女は休み時間の間ずっと人に囲まれていて、結局放課後になっても意味は聞けなかった。帰り道にスマホで「キート、意味」で調べてみたが、人名としか出てこずそれ以上のことはわからなかった。
そういえば、マーリットが住んでいたフィンランドってどんな国なんだろう。「フィンランド」を検索するとまずどこかの湖と青い十字の旗が表示された。北ヨーロッパ、いわゆる北欧の国らしい。国土の80%が森で、湖や湿地が多い、公用語はフィンランド語……もしかしてキートってフィンランド語?試しに調べるとKiitosと言う言葉が出てきた。意味はありがとう。そうか、鉛筆を貸したからお礼を……そうだ、そういえばマーリットに鉛筆を返してもらっていなかった。明日ちゃんと返してもらわなきゃな。
続く
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