ヴォルシ性を持つシルシ表現が問題視されているのは、それがヴォルシ主義と見做されるからである。
つまりどういうことかというと、そのような表現がファイクレオネ法学における権利概念の基礎となっているヴァスプラードを害すると考えられるからである。
ヴァスプラードの起源は18世紀に活躍したヴェルテール・シュテック・レヴァーニという哲学者の議論が元となっている。この哲学者が打ち立てたヴェルテール哲学はそれ自体とその批判哲学が後のリパラオネ観念論などを構成した他、社会学や法学の領域でも大きな影響力を示し、「近代ファイクレオネ」の成立に寄与したとされている。
ヴァスプラードの理解に必要なヴェルテール哲学の要素を、以下に不正確ながら簡単に説明する。
ヴェルテール哲学において、主体は宿命を与えられて「私」となるとされ、私は宿命を追い求める限り生きる1。しかし、主体は複数あり、その宿命同士が相克するのは必至である。しかし、主体は本質的には死なない「魂」という性質を持つ。このため私同士は永遠に相克を争い続ける「無限戦争」に陥ってしまうと考える。
この無限戦争を止めるためにヴェルテールは国家を肯定し、そのうえで国家がヴァスプラードという権利基盤を保護しなければならないと考えたのだ。
リパラオネ人思想家フィシャ・グスタフ・フィレナ2は、この点において「シルシ表現におけるヴォルシ性はヴァスプラードを侵害するものではない」と主張している。
フィレナの議論は、まずシルシ表現におけるヴォルシ性の検討から始まる。
彼女は10世紀サラリスの議論を援用し、ヴォルシ性を持つのはシルシ表現のみではないと考える。ある集団が共有する言語内には、シルシが文化的存在感を示すのであれば絶対に全ての表現にヴォルシ性を含む。フィレナは次のような文章を例文として提示する。
ここには全くシルシ表現が含まれていない。しかし、多くの人が "ni" で指される人物を「ケートニアー」であると、まず想像するのである。フィレナはシルシ表現のみにヴォルシ性の批判があることをここで指摘する。
言語全体にある一定のヴォルシ性を持つ以上は、それは民族的言語文化の領域である。ヴァスプラードが個別の主体間の無限戦争を廃すための権利保証である以上は言語文化を停止する権限はそこには存在しない。フィレナの議論を総合すると、そういうところに行き着く。
結果的にヴォルシ性表現それ自体がヴァスプラードを侵害しないため、シルシ表現におけるヴォルシ性表現もヴァスプラードを侵害しないと主張されることになる。
更にフィレナはそれぞれのシルシに対するヴォルシ性表現自体がヴェルテール哲学における「刻印」であるとして、それを各人が熟考すべきだとしている。ヴォルシ性表現の由来が物理的領域に由来するなら、合理的なものである。歴史的経緯に由来するなら、伝統的なものである。フィレナはヴォルシ性はそれぞれ実際のシルシの現実的問題から遊離した存在として捉えているものの、現代までに残った理由を検討することによって自らの「刻印」を認識できるようになると考えている。
このため、フィレナにとって現世のヴォルシ性表現は批判的に肯定すべきものとして存在しているのである。
しかしながら、これらの主張に対してイェスカ主義者やレヴェン主義者はまた違った解釈を持っている。次回以降では、それらについて紹介してみたい。
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現世の哲学だと、マルティン・ハイデガーの本来性(Eigentlichkeit)やニーチェの超人(Übermensch)のセンスに近いが、ヴェルテール哲学では私を生きることがそれ自体(に面すること)だと考える点で異なる。 ↩
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ちなみにグスタフは現世語とは関係ない。元のスペルは "gustaf" であり、分解すると「矢」を表す詩語 "gust" と名前語尾 "-af" に分解できる。この名前語尾はよく使われるもので「異世界語入門」のフィシャ・レイユアフ(fixa.leijuaf)などによく見られる。また前者の詩語はスキュリオーティエ叙事詩において用例が存在する(1:21 6:3及び4:7 5:2)。 ↩
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リパライン語の "ni" は三人称中性系であり、ここでは性は不定(リパライン語文法用語としての「中性」は性が不定であること)である。 ↩
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ユエスレオネ連邦警察庁に所属する警察機関の一つ。刑事警察が所轄しない特殊犯罪や警備などを担当する。 ↩
新しい順のコメント(3)
「宿命同士が相克するのは必死である」は文脈から推測するに「必至」ではないでしょうか?
また、「fixa.leiju*af*」のところの星印が残っているのは意図的ですか?
誤字報告ありがとうございます。アスタリスクが残ってる方は脚注内で英字を太字にしようとしたんですが、ならなかったので強調のためにそのまま放置してました。
mdわからない(涙目)
確かにMarkdownは(方言にもよりますが)こういうのの対応がイマイチですね…
埋め込みHTMLで直しておきました