C-K書き分け問題とは?
今回のお話はものすごく単純です。「デナスティア語のCとKの両方が音素/k/を表している歴史的な理由は何?」です。
はい。過去の自分自身のやったことの後始末回です。言語の知識が実質日英語に限られていた当時高校生だった私はノリと勢いで綴り字や発音を決めていました。今それに首を絞められております。
デナスティア語はアポステリオリな人工言語ですが……作中世界では地球の言語とは別の語族に属する言語として登場することになっておりまして。
まあ、ラテンアルファベットを使用するために、地球の言語(一応魔改造英語と魔改造ラテン語を予定)も登場する予定という名のご都合主義ではあるのですが……(そのためのSFポストアポカリプスオーパーツ文明崩壊後復興ルネサンスな世界設定です)。
それはそれです。今回考える問題はそこではありません。
普通に考えると、一種類の音素を表すのに、二種類の文字を使う必要はないわけで。
しかも、他の文字体系を借りてきたのですから、二種類が「どっちも一緒だよ。字体が違うだけ!」というものでないなら、二種類あることの説明がつきません。
ぶっちゃけ、cかkのどちらか一方でいいはずです。
しかし、デナスティア語のCとKは厳格に「どちらを使うか」が決まっているのです。ではどう解釈すればいいかといえば。
──綴り字が制定された時点では別の音素を示していた、とかにすれば解決します。
解決策
とりあえず現代デナスティア語の音韻体系を見ていってください。かなり雑なので、音素を簡単に表記している(音素として認められていない異音は含まない)程度ですが、まあ皆様ならなんとなくわかっていただけると思います。
ちなみに、/w/は音素と異音の中間ぐらいなので(語頭のuの直後に他の母音字が来るor語中のどこでも、直後にaが出現すると/w/として現れます)、カッコつきになっております。
まあ、ほぼaの直前でしか/w/は出てこないのですが。
子音
唇 | 歯茎 | 後部歯茎~硬口蓋 | 軟口蓋 | |
---|---|---|---|---|
破裂 | p,b | t,d | ʈ | k,g |
鼻音 | m | n | ||
破擦 | ts | ʈʂ | ||
摩擦 | ɸ | s | ʂ | |
接近 | ʋ(,w) | l | j |
母音
前舌 | 中舌 | 後舌 | |
---|---|---|---|
狭 | i,i: | u,u: | |
半 | e,e: | ə | o,o: |
広 | a,a: |
(語末以外では長短の区別あり、となっていますが最近はそれすら曖昧です)
(əはほぼほぼeの条件異音同然ですが音素認識されているので……)
(二重母音は無視しております)
……まあ、ざっとこんな感じです。で、今回問題になっているのは、cとkがどちらも音素/k/を表す文字というところでした。
であれば、一方は「もとは/k/を表す文字ではなかった」という歴史的な事実を捏造してしまえば、それで解決することになります。
え? 綴り字改革大魔法ガラリを使えばいいって? そうすれば体系的にはなりますが、感情的には使いたくないのですよね……。もう作者は使い慣れているので。
というわけで、ひとまずcとkが現れうる環境について見てみましょう。
k:いつでもOK
c:a、o、u、lの直前(つまり、i、eの直前は不可)&jの直前(cjで音素/ʂ/となる)
ここから考えられるのは、cにあたる音素がiやeの直前で、他の音素に変わってしまったということですね(əはわりと最近出てきた音なので)。
一方、それ以外の環境ではkに統合された、という風に解釈できます。
では、cはもともとどのような音を示していたと考えるのが妥当かと言いますと。/kʰ/です。
そして、直後にiやeが来た場合を除き、原則/k/に合流したとすれば、説明がつきますね? iやeの直前に来た場合については後ほど検討していきます。
あとは、直後にjが来た時の扱いをどうするか(cjとぶつかる)&そもそも母音が口蓋化したのか問題がありますが、とりあえず他の場所から攻めていこうと思います。
まず、このc周りで関係する綴り字といえばtcj/ʈʂ/とcj/ʂ/です。明らかにcが入っています。
ということは、cはまた他の文字と合わさって別の音素を表したということになりますが……これらの音は、もともとどこからやって来たのでしょうか?
先ほどの体系を考えると、どちらもそり舌~硬口蓋で調音される音素なのですが。
この(もう面倒くさいので、正確性を捨ててそり舌音とします)そり舌音は有声破裂音と鼻音を欠いています(軟口蓋も鼻音はないって? それは……消えた設定でもとはあった設定なので大丈夫です)。
特に、他の調音点では破裂音に有声無声の対立が見られることを考えると、この部分だけ体系として奇妙です。
それで、この調音点の列に現れるのは、一般的な音素/j/以外だと/ʈ/、/ʈʂ/、/ʂ/の三つなのですが。
まず、シンプルに/ʈ/から見ていきましょう。
はい、これは直後に母音を伴う/tʰ/が変化したものと再構してみました。/kʰ/もあるし、体系的に綺麗になりますし(ちなみに母音を伴わないと音素/l/として発音されています)。
/pʰ/も再構するとより体系的になりますね(今回は関係なさげなので詳細には触れません)。
では、次に/ʂ/ですが。まずはさっき言った軟口蓋側からではなく、歯茎側から攻めていきます。
例えば、/ʂ/に近い音として/ʃ/がありますが。実際に地球の自然言語において、以下の対応が知られています(たぶん合っているはずですが、間違っているかもしれません……)(無責任な発言)。
disk←ラテン語(discus)由来(らしい。どこまで正確かは不明)
dish/diʃ/←英語の単語
はい。「sk→ʃ」という変化が起こったんでしょうねたぶん。私はそこまで詳しくないので詳細は知りませんが。
この変化を田語に全面的に適用すると「ilske/i:sk/:場所」が消えてしまいますが……。この形態素を持つ単語以外では、この/sk/という子音連続が見られないのですよね。
そして、同様にscという綴り字、つまり元/skʰ/も「sco:至高、最高」といった意味の形態素にしか見られない。
つまり、これらは例外的な存在と考えた方が良さそうです。例えば、間に母音が挟まっていたとか──音位転換を起こしたとか。
※この音位転換説が後ほど大事件を起こすのですが……それは見てからのお楽しみ☆
というわけで、無事cjの候補が見つかりました。やったね。
……しかし! それでは、なぜsjとかに綴り字がならなかったかという問題が生まれてきます。であれば、軟口蓋音側からも音素が変化して統合されたと考えるとよさげです。
まずは、先ほどの現代デナスティア語の子音表を持って来ます(再掲同じ記事で二回同じ表出すなし)。
唇 | 歯茎 | 後部歯茎~硬口蓋 | 軟口蓋 | |
---|---|---|---|---|
破裂 | p,b | t,d | ʈ | k,g |
鼻音 | m | n | ||
破擦 | ts | ʈʂ | ||
摩擦 | ɸ | s | ʂ | |
接近 | ʋ(,w) | l | j |
はい。この表を見ていただければわかるように、軟口蓋音は鼻音、無声破擦音、無声摩擦音を欠いています。
軟口蓋の接近音は、両唇音の/w/と類似の音が出るせいで、音素としてないことも多いので、自然なのですが……それ以外が、とにかくアンバランスです。
とりあえずさっき言った通り、祖語からの変化の過程で消えた/ŋ/は無視して。破擦音/kx/も無声有気破裂音/kʰ/との区別が曖昧なのでないのはよくて(さっきの前フリはいずこへ……)。
でも、/x/が存在しない理由は説明できていませんね? そうだ、ここに教会/x/を建てよう再構しよう……というわけです。
この音は、日本語にはない音ですがハ行に近い音(釈迦に説法並感)で。それで日本語のハ行はヒの子音が/ç/なんですね。これ、無声硬口蓋摩擦音です。
これを参考にして/i/や/e/が後続する/x/を/ç/にしてしまいましょう。そしてその流れで、先ほど歯茎音側から(というか、/s/と無声軟口蓋破裂音のマリアージュで)生み出したcjとひとつの音素にまとめてしまおう!
こうして、これら二つ(正確にはskとscを区別すると三つ)をもとにして生まれた音素が/ʂ/です。
そして、先ほど保留していた直後に前舌母音を伴う/kʰ/ですが。これを同調音点の破擦音/ʈʂ/に変えてしまいましょう。
これ、非常に狭い部分で発生した音素なのですが。綴り字「tcj」は「cj」に比べて圧倒的に少ないので、妥当と思われます。
どっちも軟口蓋音が関わっていますし、cを使ってもおかしくなさそうです。
一方、tcjには/u/など後舌母音が後続する例が見られるので、もしかしたら母音/ɨ/を再構した上(この母音自体は再建済み)で、こちらも同様の変化を綴り字制定以前に与えたとすべきかもしれません。
綴り字cjが採用された理由
はい。それでは──音素のアンバランスな配置自体がおかしくないとはいえ、なぜcjが採用されたか、というのを考えていきたいのですが。
これは、シンプルにIPAと言語用綴り字のハイブリッド説がありえそうです。
おそらく、デナスティア人がはじめてアルファベットに会った時、この使い分けみたいなのを見た可能性が高いのですよ。
例えば地球出身人たちは、自分たちの言語を示すのに(英語がベースと考えられるので)何も変な記号をつけないまま使い。一方でデナスティア人たちの言語を正確に記載するために「ç」のような文字を使うという。
この使い分けを見た時に「自分たちで分かれば十分では」と勝手にデナスティア人が考えてもおかしくないわけで。
ここから、cjやtcjという独自の多重子音綴り字を使い始めたと考えるのがありえそうです。特にcは/ç/に似ていますし(というか実質ベースが同じ)。
一方で、彼らが自言語(つまり英語の子孫的な。そもそも原形残っているのか問題はある)ではcとkが/k/音にあてられている、と(綴り字は変わりにくい傾向があるので)。ついでにcは/s/を表すこともあるとか。
これを見たデナスティア人たちは多分それぞれ別の音にあてたでしょうね。だって、同じ音を二種類の文字で表すとか面倒くさいですし。
こういうわけで、cは当初/kʰ/、/ʈʂ/、/ʂ/にあてられて(後二つは他の字と組み合わせてtcj、cjで表現)。kは/k/になったとするとピッタリです、ね?
残りの/x/音をどう表現したのか問題が発生するのですが。これは今後の課題ですね。
それでは、まとめに入りましょう。デナスティア語のそり舌~硬口蓋で調音される音素たち(および、もとはそれに似た・関係する音素たち)は、このようにして生まれてきました。
元の発音 | 直後の環境 | 綴り字制定時 | 現代の発音 | 現代の綴り字 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
/tʰ/ | (母音) | → | /tʰ/ | → | /ʈ/ | r |
/tʰ/ | (子音、語末) | → | /tʰ/ | → | /l/ | r |
/t/ | → | /t/ | → | /t/ | t | |
/kʰ/ | (/i/、/e/、/ɨ/?) | → | /ʈʂ/ | → | /ʈʂ/ | tcj |
/kʰ/ | (その他) | → | /kʰ/ | → | /k/ | c |
/k/ | → | /k/ | → | /k/ | k | |
/skʰ/ | → | /ʂ/ | → | /ʂ/ | cj | |
/sk/ | → | /ʂ/ | → | /ʂ/ | cj | |
/x/ | (/i/、/e/、/ɨ/?) | → | /ʂ/ | → | /ʂ/ | cj |
/x/ | (その他) | → | (不明) | → | (不明) | (不明) |
/ks/ | → | /ts/ | → | /ts/ | tz | |
/kʰs/ | → | /ts/ | → | /ts/ | tz |
まあ、不明なものとかは今後の課題ということですね。……頑張ります。
なお、これらは今後変わる可能性があります。特に/sk/は使いたい綴りでもありますし、あるいは綴り字制定時の「r」はすでに/ʈ/だったかもしれませんし。
その上「元の発音」がいつの段階のものかもわかりませんし……(時代がバラバラの可能性も……というかそう考えた方がよさそうです)。
/k(ʰ)s/が/ts/になった、という話についてはこのあと話します……話します……。
そもそも、なんでこんな問題が?
ところで、なぜ作者がこのような問題を突然考え始めたかというと。
scotia:至高の、最高の(、偉大な)
tzar:王
これらが同源ではないか説を出したからです。賢明な読者の皆様(一度使ってみたかった)は「どこが?」と思われることでしょう。しかし、これには理由があって。
まず、ここまででは言いませんでしたが、「k+s→ts(綴り字上ではtz。現在では合字になっているという設定)」という音韻変化をかなり前から設定しております。
例えば「tzu:君」は/kɨsu:/とかだったと考えて。二人称語尾の「-k」やその語中形の「-tz-」は両方同じ語源、ということにしてみたかったりしたせいです……。
はい。先ほどちょっと出た/ɨ/は消えた音素の実例ですね。たとえ条件次第でも消えてくれる系音素はものすごく便利……げふんげふん。
で、ここまでの記事の内容を考えると。
scotia←/skʰotia/←/kʰsotʰtia/(こんな発音ないでしょ)←/kʰɨsotʰɨtia/または/kʰɨsotʰutia/
tzar←/ksatʰ/←/kɨsatʰu/または/kɨsatʰɨ/(語頭は/kʰ/の可能性もある)
かなり似ていますよね(嘘です無理やり合わせました……)。
特にピュテア語(デナスティア語の姉妹言語。それ自体での言語名は未定なので今後変わる可能性大。旧都方言とも)では「王:skati」という造語をかなり前にしていて。
それから長い年月を経て今回「scotiaと同源なのでは」という話が今持ちあがったのです。
(え? /sk(ʰ)/→/ʂ/ではないのかって? それはデナスティア語の話であって、ピュテア語の話ではありません)
ということはこれらを同源にしてしまえばすぐに済みそう……な気がしますよね。ですがそうは問屋が卸さない。
いえ、aとoで母音が違うとか、そういう話ではないのです(それもちょっと重要そうですが母音なんて規範綴り字とかなかったら案外簡単に変わるんだよぉぉぉ! たぶん!)。
今回のメインテーマに立ち戻りましょう。それは「王(tzar)と至高の(scotia)の語源が同じ」という話ではありません。「cとkがなぜ同じ音を表しているのか」でした。
すでに解決しているように見えるこの問題ですが、全然解決していないのです。なぜなら、文字が輸入品だから。……というのもありますが、デナスティア王国の歴史も関わっているのですよね(真犯人を見つけた顔)。
そして、ピュテアは簡単にいうと、日本の京都ポジです(旧都なので)。つまり、本来なら旧都方言が公用語になってもおかしくないはずなのです。なのにデナスティア語が(というか、東京方言をもとに作られた言語的なものが)公用語になってしまった。
しかも、東京と違って江戸のような「トップずっとおりました」という場所ではないのに、です。
これには、歴史的な理由をつける必要があります。しかも、「なぜskatiという語をそのままデナスティア語に導入しなかったのか」という理由づけも同様です。
とりあえず、解決方法としては……。
今のピュテア語で王がscariではなくskatiと綴られるのは、方言と思われているせいで(格の数すらデナスティア語とは違うのに!)最近その綴り字で書くのが浸透したからかもしれません。
あるいは、方言間で移動した時に、失われたcとkの対立を無視してscotiaとしてしまったか……。それか、旧都では綴り字通り先に対立が消えたか。
しかし、そうしたことは細かい問題でしかなくて(繰り返すようですが細かい問題も大事ですよ?)。遷都した時にどうして都だった場所の方言ではなく新しい都市の(しかも江戸みたいな感じですらなかった)方言をどうして公用語にしてしまったのかというお話です。
(……王都を江戸みたく歴史ある都市にするのもありかもしれませんが)
それに、方言を採用してもなお、それは別に旧都の言葉を「王」という語に使わない理由にはならないのです。そっちの方が拍がつきそうですし。
……と、話題が逸れました。というかだんだん自分でも何を言ってるのかわからなくなってきました。
次回は延長戦というか二回戦というか。「王都方言VS旧都方言」をお送りいたします。
※なお、お送りする内容は事前の告知なく変更される可能性があります
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