お久しぶりです。Xirdim です。思い立ったが吉日ということでサクッと記事を書きました。
日本語で「レポートやった?」っと聞かれたら「やったよ」あるいは「まだやってない」と答えますよね。「やらなかった」と答える状況は稀でしょう(既に提出期限を過ぎていて遅延提出をする気もないとかでないかぎり)。1
このように、極性(肯定否定)と TAM(時制・相・法/法性)とが複雑に絡まり合う現象があります。
以前紹介した卬瓣語のシステムにおいては、ただでさえ極性と TAM 範疇が複雑に絡まり合っています。そこで今回は、卬瓣語では諾否疑問文への答え方はどうなるだろうと考えてみました。
極性・TAM 混合体系
まずは改めて卬瓣語の極性・TAM 混合体系を以下にまとめておきます。動詞(必ず母音で始まる)の接頭辞と接尾辞によって標識されます。
| -∅ | その時点の取り立て・時点間の対比 -ɔ/-l |
|
|---|---|---|
| 状態: s- | ⑴焦点のある時点での状態 ⑵現在の習慣 ⑶焦点のある時点と現在とに及ぶ習慣 | 過去の習慣(現在はそうでないことを含意) |
| 完了: n- | 非過去の完了 | 過去の完了 |
| 将然: r- | ⑴起動 ⑵起動しようという意志 | ⑴過去の未然(その後起動したことを含意) ⑵起動するだろうという推量 |
| 進行: tV- | 有界な(=ひとまとまりの動作として始まりと終わりを観念できる)動作の進行 | ⑴過去の有界な動作の進行(現在は終えている/やめていることを含意) ⑵既に始まっており未然ではないこと ⑶未完であり終わっていないこと |
| 否定: ∅- | その動作を全く想定しないこと | 焦点のある時点での否定(他の時点では肯定であることを含意) |
※将然の非取り立て⑵と取り立て⑵は前回の記事から入れ替えました。→前回の記事も併せて修正しました。
はい、もうなんかやばそうなことはお分かりかと思いますが、ここからが本番です。
いろいろな諾否疑問への応答を考えてみる
文法や語彙ができているわけではないので、卬瓣語は必要最小限で書いていきますね。
以下、 -∅ は「非取り立て」、その時点の取り立て・時点間の対比 -ɔ/-l は単に「取り立て」といいます。
ケース1「寝てたでしょ」
「寝てたでしょ。」(寝る apid )
- うん、「寝てた」→ 焦点のある時点での状態なので、 sapid (状態・非取り立て)
- いや、「寝てない」よ → その動作を全く想定しないと言いたいので、 apid (否定・非取り立て)
ケース2「よく眠れた?」
眠って疲れがとれるということを一まとまりとした有界な動作と考える「よく眠れた?」
- うん、よく「眠れた」→ 現時点で疲れがとれていると言いたいので、非過去の完了で napid (完了・非取り立て)
- いや、あんまりよく「眠れなかった」なぁ → 未完であり終わっていないということなので、 taapidɔ (進行・取り立て)
はい、否定に否定を使わないのがミソですね。
ケース3「(あの日の前の晩は)よく眠れた?」
ケース2と似ていますが、焦点時が過去になったので、肯定は答えが変わります。
- うん、よく「眠れた」→ 過去のある時点で疲れがとれていたと言いたいので、過去の完了で napidɔ (完了・取り立て)
- いや、あんまりよく「眠れなかった」なぁ → 未完であり終わっていなかったということなので、 taapidɔ (進行・取り立て)
つい今しがた「否定に否定を使わないのがミソですね」と言いましたが、一応否定を使うこともできますね。
- いや、徹夜したからそもそも「寝てなかった」んだよね → その動作を全く想定しないということなので、 apid (否定・非取り立て)
- いや、その日に限って徹夜したからそもそも「寝てなかった」んだよね → 他の時点と対比しての否定なので、 apidɔ (否定・取り立て)
ケース4「もうお肉焼き始めてる?」
「もうお肉焼き始めてる?」(焼く asuti )
- うん、「もう焼いてる」よ → 既に始めており未然ではないということで、 taasutil (進行・取り立て)
- いや、「まだ焼いてない/これから焼くとこ」 → 起動しようという意志なので、 rasuti (将然・非取り立て)
自分が焼くのではなくて他の人たちのことを言っているのであれば、
- いや、(その人たちは)「まだ焼いてない/これから焼くとこ」 → 起動するだろうという推量なので、 rasutil (将然・取り立て)
このように他の人たちの場合は「現在は焼いていないのだが、焼き進める状態が到来するだろう」という対比が観察されるため、取り立てになる傾向にあります。一方、先ほどのように自分が焼く場合は、焼くつもりの心理状態に既になっているので主観的に対比を感じづらく、むしろ焼き始めている(単なる起動)と区別がつかないので非取り立てになる傾向が強くなるのです(近い将来のことを言う英語の進行形に通ずるところがありますね)。
ケース5「ランニングとかやってるんですか?」
「ランニングとかやってるんですか?」(走る akinu )
- ええ、「やってます」 → 現在の習慣なので、 sakinu (状態・非取り立て)
- いえ、「やってない」ですね → その動作を想定しないので、 akinu (否定・非取り立て)
あとこんなのも考えられますね。
- いや、昔は「やっていた」んですが、今は「やっていないですね」:
- 前者は過去の習慣(現在はやっていないことを含意)なので、 sakinul (状態・取り立て)
- 後者は焦点のある現在の否定(過去との対比を含意)なので、 akinul (否定・取り立て)
ケース6「いま走ってるんですか?」
電話で、「(なんか息切れてるみたいだけど)いま走ってるんですか?」。結論から言うとケース5と同じになります。それと、過去のことを言っているケース1とも実は同じになります。
- ええ、「走ってます」 → 焦点のある現在の状態なので、 sakinu (状態・非取り立て)
- いえ、「走ってない」ですよ → その動作を想定しないので、 akinu (否定・非取り立て)
ケース7「ちゃんと走ってる?」
ある場所に早く物を届けなければならないので「ちゃんと走って(進んで)る?」という場合。走って特定の場所まで届けるという有界な動作を言っているので、ケース6とは異なる様相を呈します。
- ええ、「走ってます」 → 有界な動作が漸次的に進行していると言いたいので、 taakinu (進行・非取り立て)
- いえ、(走らなくても間に合う見込みなので)「走ってない」です → その動作を想定しないので、 akinu (否定・非取り立て)
- いえ、すみません「今走ります」→ 起動(あるいは起動の意志)なので、 rakinu (将然・非取り立て)
事例を列挙するばかりになってしまいましたが、肯定極性・否定極性の単純な二項対立がことごとく成立していないことを感じていただければ幸いです。
-
ちなみにロシア語で Делал(а), но не сделал(а). というと「(その動作を単にやったという意味で)やったけど、(一つの動作として完結したかという意味では)やらなかった」(着手したけどまだ終わってない)みたいな意味になります。ロシア語の体(スラヴ系の言語では慣習的にアスペクトのことを「相」ではなく「体」といいます)の特徴がよく表れた表現で、ありふれた言い回しらしいです。 ↩
新しい順のコメント(0)